【完全版】西九州新幹線開業ドキュメント<前編> 記者が総力挙げて追った「初日」を再録

西九州新幹線かもめは9月23日、走り出し、長崎県にとって新たな歴史の1ページが刻まれた。在来線特急かもめに別れを告げた同日未明から、記者が総力を挙げて追った「開業初日」。紙面に掲載できなかったエピソードも含め、あらためて振り返る。

西九州新幹線かもめの出発前、鉄道ファンや関係者でいっぱいのJR長崎駅のホーム=長崎市尾上町

午前0時 JR長崎駅構内に設置された開業までのカウントダウンボードの数字が「0」に。食事帰りに通りがかった福岡市の会社員、久米一徳さん(47)はその瞬間をスマートフォンの動画に収め、ご満悦。「明日は新幹線に乗って温泉につかりに行こうかな」

0時16分 「3番乗り場に列車が到着します」。在来線特急かもめの最終列車がゆっくりとホームに進入。待ち構えた鉄道ファンらが一斉にカメラやスマホを高く掲げる。

0時23分 かもめのマークを優しくなでる長崎市の70代女性。「たくさんお世話になったからね」

0時32分 最後の特急かもめの回送列車が長崎駅を出発。「ありがとうかもめ」の紙を手にした長崎市東山町の公務員、瀬川信幸さん(52)は赤いかもめからの付き合いで「友だちと離れ離れになる感じ」と寂しそう。ただ、新幹線ホームに停まるかもめに目をやり、「新しい友だちもできそうです」。

博多発長崎行き特急かもめの最終列車が到着し、鉄道ファンらで混雑する長崎駅のホーム=長崎市尾上町

0時45分 JR九州の社員らが時刻表の張り替え作業を開始。始発までに全てを整える必要があり、「ここからが勝負」。

3時40分 長崎駅西口には一番列車の自由席を狙う鉄道ファンが250人超。最前列は横浜市の樫野央彦さん(55)。21日の午後3時から並んでいるといい、「11年前の九州新幹線の一番列車にも乗ったので今度も、と思って。待っている時間も楽しいですよ」

4時 諫早駅に人の出入りが増え始める。南島原市口之津町の無職、飯田則行さん(71)は武雄温泉駅までの一番列車自由席の切符を購入するため、車で到着。無事切符を手にし「指定席が取れず、どうしても一番列車に乗りたかったので午前3時に自宅を出た。小学校のころの遠足と同じで、昨日はワクワクして眠れなかった」。

4時37分 佐賀県嬉野市の嬉野温泉駅。警備員の男性(57)=同市=は、鉄道ファンなど訪れた車を駐車場に誘導していた。記者が「新幹線が開業して佐賀は盛り上がっていますか」と尋ねると、「うーん」と苦笑い。「特別ありがたいというわけではないかな」

4時47分 新大村駅の出発式に出席した大村市観光コンベンション協会の酒井辰郎会長はこの日が64歳の誕生日。「一生のうちでも記念になる1日。かもめと一緒に新しい年をスタートさせたい」と笑顔。

5時35分 長崎発一番列車の乗客が誘導され、改札を抜ける。「行ってきます!」と威勢のいい声も。ビデオカメラやスマートフォンで動画を撮影しながらホームに向かったり、一番列車の出発時刻「6:17」を表示する電光掲示板を撮影する人も目立つ。

5時55分 大村市の会社員、猶原康宏さん(43)は、長男の七星君(8)と新大村駅発の一番列車の前で記念撮影。「昨日は最終の特急かもめに乗車した。大村から長崎までどれだけ短い時間で着くだろう」と期待した。

6時 武雄温泉駅を訪れた福岡県久留米市の公務員、三阪芳史さん(42)のお目当ては長崎行きの一番列車の自由席。九州新幹線の部分開業、全線開業も1番列車に乗った。今回は入場整理券31番をゲットした。

6時6分 長崎駅で一番列車の乗車が始まった。東京都の会社員、小林洋佑さん(35)は3歳の娘と一緒。1カ月前、窓口に並んでチケットをゲットしたといい「一番列車に乗せてあげられてうれしい。私が一番楽しんでいるんですけど」

改札を抜けてホームに向かう長崎発一番列車の乗客=JR長崎駅

6時17分 長崎駅を出発する一番列車を見送るため、隣のホームには多くの鉄道ファンらがひしめき合い、スマホや一眼レフを高く掲げた。長崎大出身の河原清勝さん(69)は妻幸代さん(68)と一緒に「歴史的瞬間」を見届けようと、兵庫県から前夜駆けつけた。だが、「人だかりで見えなかった」。それでも、幸代さんは「前の人が撮っていたスマホの画面でかもめが見えたし、『シュー』という音も聞こえたから満足」

6時36分 新大村駅発の回送一番列車が長崎駅に到着。諫早駅から10分弱の新幹線旅を楽しんだ諫早市高来町の岩豊春さん(68)は「諫早に新幹線が来るということで、1カ月前からぜひ乗りたいと思っていた」。長崎駅では前夜から並んだ乗客がいた一方、諫早駅では当日朝にすんなり自由席の往復切符が買えたという。「特に用事はないけど、長崎見物でもして夕方帰ります」と語り、ホームを後にした。

7時25分 「ぜひご覧ください」―。諫早駅の新幹線改札口前。博多駅始発の在来線特急リレーかもめから乗り継いできた乗客らに県立諫早商業高商業クラブの生徒らが手作りの観光パンフレットを配布。3年生の松本優歩さん(17)は「昨年6月から取り組み、市内三つの観光コースを考えた。県内外のたくさんの人に諫早の魅力を知ってほしい」。

7時31分 武雄温泉発の1番列車が長崎駅に到着。長崎駅発の一番列車に乗り、新大村で降りて武雄温泉発の一番列車で長崎に戻ってきた東京都の中尾一樹さん(56)は「ここまでパーフェクトにできるとは」と満足げ。前日は特急かもめで福岡から来崎し、ブルーインパルスのリハーサル飛行も見たという。

7時42分 長崎駅の新幹線改札を出てきた大阪府吹田市の荒木哲さん(56)は、息子2人を連れて長崎―武雄温泉間をそれぞれ一番列車で往復。前夜の特急かもめ最終列車で長崎に着いた足で、自由席を確保するため未明から長崎駅前に並んだ。新幹線ファンの長男純君(10)は「車内はとてもきれい。乗り心地は普通だった。外観は金色のロゴがかっこいい」と感激。次男律君(8)は昨晩からの長旅が響き、新幹線の車内で寝てしまった。哲さんは「乗っている時間があっという間で、楽しむ時間は少なかった。大阪からだと、フル規格でつながればもっと便利」と注文。

出発時刻を表示した電光掲示板を撮影する乗客=長崎駅

7時50分 リニューアルした長崎市の観光案内所ではオープン前にミーティングが始まった。長崎観光国際コンベンション協会の豊饒英之DMO推進本部長は「舞台は整った。ここからは女優になり、お客さまをお迎えして」とコンシェルジュにエールを送った。スタッフらで円陣を組み、「出発進行!」のかけ声で気持ちを一つに。ガラス張りのドアの向こうでオープンを待つ客は拍手を送った。

7時55分 観光案内所では準備が整い、5分前倒してオープン。「おはようございます、お待たせしました」と待っていた20人ほどの客を出迎えた。1番目に入ったのは、長崎市の50代夫婦。棚に並べられた長崎県下の旅行パンフレットを手に取り読んでいた。「市内をじっくり回る秋の旅行を考えていたので、たくさん情報があってありがたい」

8時37分 長崎駅の東口では開業日の23日も新駅ビルの建設が着々と進み、クレーンの稼働音や鉄骨を打つ音が響く。新幹線で長崎に着いた二人組の若い男性旅行客は、そびえ立つ鉄筋の骨組みやクレーンを見上げて「すごっ」。

8時55分 長崎自動車が運行する「ながさき観光ルートバス」の出発地点が「長崎駅西口」から「長崎駅前(交通広場)」に変わるのに合わせ、愛称の命名・出発式が開かれた。868点の応募の中から選ばれたのは長崎市大園町の三木智美さんが命名した「ハートストーン号」。

9時15分 長崎駅のイベント会場には開場前に150人超の行列。午前6時から並んでいるという神奈川県の女性(24)のお目当ては、イベントに参加するタレントの長濱ねるさん。「(長濱さんが)自分の考えを持っているところが好き」。

9時20分 駅構内を撮影する3人の男性は22日の特急かもめラストランで知り合い、意気投合。開業日をともに楽しむことにした。2年前から楽しみにしていたという京都府の堀場宇太さん(22)は「大村湾の景色が良かった。乗り心地は山陽新幹線のこだまやのぞみと同じだが、雰囲気が違い大満足」と興奮を隠せない様子。東京都の水島永翔さん(22)は「今まで行くとしたら引退ばかり。開業に立ち会うのは初めてで、空気感が新鮮」と語った。

9時29分 嬉野温泉駅前には飲食や雑貨などの出店が並び、徐々に来場者の数が増えてきた。アルバイト中の男子大学生(22)は、新幹線開通で佐賀から長崎に行きやすくなる利点もあるが「佐賀側の経済的な負担が大きい。マイナスの方が多い」とうつむき、「行き先が決まっていない人は、嬉野で降りないんじゃないかな」とつぶやいた。

開業イベントでにぎわう嬉野温泉駅

9時52分 嬉野温泉駅前の広場。出店で軽食を販売していた、宿泊業の20代女性は「佐賀から嬉野に行くなら、わざわざ新幹線は使わない。車ですよ」と苦笑い。23、24日の宿泊予約は多いものの「その後はどうなるか…。嬉野は〝通り道〟ですから」。

10時 長崎駅の観光案内所から、開業に合わせた特別さるくがスタート。めがね橋に向かうコースに参加したのは愛知県の岡田幸久さん(64)。担当するガイドの田中和行さん(70)が「長崎の和華蘭文化ってご存じですか?」と尋ねると、岡田さんは「わからん文化…?分からん」。

10時2分 「路面電車、どうにかなる予定はないんですか?」。記者にそう尋ねてきたのは佐賀県唐津市の橋村隆さん(52)。「長崎に来た人は路面電車に乗ってみたいはず。公共交通機関から駅までこんなに遠いところってないし、道のりもただのプレハブで楽しくない。歩く歩道になるとか計画はないのかな」と不満をもらした。佐賀県の人は博多まではバスを使う人がほとんどで、賛成も反対もない人が多いと感じているといい、「長崎も佐賀も栄えるため博多までのルートは必要だと思う。どちらにも上手く効果が出るように考えてほしいものですね」。

10時12分 長崎駅と新幹線、在来線の線路を見下ろせる高台。カメラや望遠レンズを納めた大きなリュックを背負った人たちが息を切らしながら続々と階段を登ってくる。神戸市の上西惇史さん(23)は一番列車で諫早と往復した後、高台に陣取った。ブルーインパルスとかもめを一緒に撮れるかもしれない場所がある、と知人に聞いてきたという。狙い目は午後1時45分発と48分着のかもめ。帰る日は決めておらず「満足のいく写真が撮れれば帰ろうかな」。

長崎駅や線路を見下ろせる高台に陣取り、新幹線かもめを写真に収める人たち=長崎市御船蔵町

10時15分 大村市松原2丁目のトンネル近く。大村市上諏訪町の山口昭則さん(86)はここ2、3年、新幹線が走るまで生きるのが目標だったという。「大村に最新鋭の新幹線が走るのは本当にすごい。新幹線で武雄に行って温泉に入りたい」と新たな目標ができた様子。

10時51分 長崎駅前南口バス停で、稲佐山に行くために、スマホを片手にロープウエー乗り場行きのバスを探していたのは、先月から日本に滞在しているアメリカ人のスティーブン・クレイツさん(61)。これまでに日本各地の新幹線に乗ってきたといい、かもめについては「座席が薄くてあんまり快適じゃなかった。でも長崎駅の高架に入っていく段階で車窓から見える景色がだんだん高くなっていくのがクールで眠れなかった!」と笑顔。

11時4分 長崎駅から日本二十六聖人殉教地、聖福寺などを通り、めがね橋に向かうさるくのコースに参加した岡田さん。旅行で何度も長崎を訪れたことがあるというが「あらためて案内してもらうといいな、と思った」と満足。担当したガイドの田中さんは「駅から来る多くの方の観光の手助けをして長崎を好きになってほしい」と汗をぬぐった。

11時15分 大村市松原2丁目のトンネル近く。同市玖島2丁目の主婦、西永ひとみさんはこの日、還暦を迎えた。かもめが特急から新幹線に生まれ変わり、自身の干支は一回り。「最高の誕生日になった」と喜んだ。

11時40分 新大村駅前で開催された「誕生祭」のブースに出店した男性はにぎわう会場に感慨深げ。「これからどれだけの人が駅を利用するのだろう」と思いを巡らせた。

11時45分 長崎駅発着のかもめを見下ろす〝一等地〟にある長崎市内のマンションの一室。久保崇明さん(78)は駅舎を望む居間で、テレビの新幹線特番を見ながら「高架橋ができていく時から見ていたから、やっぱり開業は楽しみ」。元警察官で、西九州新幹線との因縁が深い1978年の原子力船むつの佐世保入港時は、現地で警備に当たった。それだけに「あのころの計画がようやく完成したのか」と感慨深げ。

妻より子さん(74)は「お金がかかるし距離も短いのに、と思っていたけど、いざ新幹線が走るとわくわくする」と顔をほころばせる。来月には初めてかもめに乗り、武雄温泉旅を楽しむ予定。ブルーインパルスの飛行が真正面に見えることもあり、市内外の友人3人をマンションに招待。新幹線の発着時刻が近づくたびにベランダに出て、かもめのデビューを見守った。合間にはおやつをつまみながら「本当は福岡までフル規格がいい」「これで長崎の人口減に少しは歯止めがかかるのか」など談議に花を咲かせた。

長崎駅を見下ろすマンションの友人宅を訪れ、新幹線かもめを写真に収める女性=長崎市内

11時50分 東京都から九州旅行に来た会社員の麻思唯さん(24)と焦恵達さん(28)。前日の22日に特急かもめで長崎入りし、この日の昼ご飯は早めにちゃんぽんと皿うどんを食べた。「長崎の有名な料理を食べたくて。私は皿うどんが好きだった。パリパリでおいしかった」と麻さん。焦さんは「自分はちゃんぽんかな」。

=後編に続く=


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