詩に思いに触れ反戦決意 福田須磨子さんしのぶ集い

福田須磨子さんの詩「生命を愛しむ」にメロディーを付けた曲を披露する活水高の生徒(中央右2人)ら=長崎市平野町

 長崎原爆の後遺症に苦しみながら反核や平和を訴えた被爆詩人、故福田須磨子さん(1922~74年)をしのぶ集いが命日の2日、長崎市平野町の福田須磨子詩碑前であった。参加した被爆者や高校生らは作品朗読などを通じて福田さんの思いに触れながら、反戦への決意を固くした。
 福田さんは23歳の時、爆心地から1.8キロの長崎師範学校(現・文教町)で被爆。詩集「ひとりごと」やエッセー「われなお生きてあり」などを発表し、後遺症や生活苦、心情などを伝えた。
 集いは長崎の証言の会などが毎年開き、46回目。長崎原爆被災者協議会の田中重光会長(80)は開会あいさつで「須磨子さんを直接知る人はほとんどいなくなったが、日本人の心には戦争をしてはいけないとの思いがある。若い人、戦争を知らない人に、戦争や原爆をなくす運動を広めていかなければ」と訴えた。
 詩碑には、被爆後の苦痛の中でも生きる喜びを表現した詩「生命を愛しむ」が刻まれており、参加者が献花。福田さんの「亡き父母に」「傷だらけの手から-Kに-」の詩2作品を朗読した活水高平和学習部の渡辺あいさん(16)は「福田さんの詩を五つほど読み、どれも心に残った。若い世代として詩を未来に伝えていきたい」と話した。

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