新型コロナウイルス感染症 長崎県 1~5月の軌跡<2>

 昨年末の中国・武漢での発生を機に、全世界を瞬く間に襲った新型コロナウイルス感染症。長崎県も感染から免れることはできず、緊急事態宣言下の外出自粛、休校、休業など県民はかつてない不自由な生活を強いられ、経済は大打撃をこうむった。さらに長崎港に停泊していたクルーズ船で149人の集団感染が発生。県を中心に数々の難しい対応を迫られた。1~5月の長崎県の軌跡を振り返った。

◎クルーズ船集団感染

 4月20日午後9時すぎ。静まり返った県庁舎内の中央階段を、見慣れない迷彩服姿の一団が上っていた。知事が2日後に災害派遣を要請することになる陸上自衛隊だった。
 この日、長崎市の三菱重工業長崎造船所香焼工場に停泊中のクルーズ船「コスタ・アトランチカ」で乗組員623人(当時)のうち1人の感染が判明。濃厚接触者は56人に上った。同船は、船会社が感染警戒を理由に修繕の発注先を中国企業から切り替え、2月に香焼工場でドック入り。県が3月に乗下船の自粛を要請した後も乗組員が市内に出ていたことが分かり、市民の間で市中感染の不安が高まった。県を中心に先の見えない日々が始まった。
 県は長崎大熱帯医学研究所の協力を得て、全乗組員を対象に感染の有無を検査することを決定。自衛隊の医官らも加わり検体を採取し、4月25日までに148人の感染が判明した。乗組員は大半が船内で個室隔離。岸壁の仮設診療所で自衛隊、災害派遣医療チーム(DMAT)、民間団体の医師、看護師らが24時間体制で健康観察や診療に当たった。
 感染症専門家は乗組員の年齢構成が比較的若かったため「重症者は1桁にとどまる」とみていたが、27日夜から28日未明にかけ3人が相次いで長崎市内の医療機関に救急搬送され、現場は緊迫した。
 県の中田勝己福祉保健部長は「医療は悲観的シナリオを考えておかなければならない。重症者を受け入れられる医療機関は限られているため、中等症者に対応できる医療機関の確保を加速する」と危機感を募らせた。
 この時点で長崎市内の感染者用病床は2医療機関の28床。県内全体でも102床だったが、本来は県民のためのもの。全国に感染が広がり、県外の医療機関による受け入れが期待できない中、クルーズ船から相次いで搬送されると、県民への医療提供体制に影響する可能性があった。
 2週間の経過観察期間が終わると、次の課題は帰国だった。乗組員は個室隔離されていると言っても、多数の感染者を乗せたまま出港できない。県、国、運航会社「コスタクルーズ」は三十数カ国の乗組員のうち、まずは人数が多いインドネシアやフィリピンなどの陰性者を、チャーター機で帰国させるよう計画。各国に受け入れるよう外務省を通じ交渉を重ねた。帰国第1陣はインドネシア。5月3日夜、乗組員44人が工場を貸し切りバス3台で出発し、長崎空港に到着。羽田空港経由で母国に飛び立った。
 他の国の陰性乗組員もチャーター機や定期便で順次帰国。陽性者も各国の要請に応じ、再度感染の有無を検査するなどして帰国している。
 陽性者は3日に1人増えて計149人。28日に船内の陽性者はゼロになり、31日の出港が決まった。
 30日までに長崎市内の2医療機関に陰性者含め計10人が搬送され、現在は1医療機関に5人が入院中。重症者は1人にとどまった。市中感染は報告されていないが、県は今回の課題を関係機関と検証し、船内の感染症対策を強化する方針だ。

集団感染が発生したコスタ・アトランチカ=5月19日、長崎市の三菱重工業長崎造船所香焼工場

◎緊急事態宣言・休校
 政府は4月16日、新型コロナウイルス特別措置法に基づく緊急事態宣言の対象地域を、既に発令していた東京、大阪など7都府県から全国に拡大。5月の大型連休明けの6日までとした。
 これを受け県は、新学期から再開していた県立学校を4月22日から5月6日まで再び臨時休校にすると決定。一方で、市町立などの学校に特措法に基づく休校は要請せず、地域の実情に応じた検討を求めた。
 休校の背景には政府が「極力8割程度の接触機会の低減」を目指し、事業所にも在宅勤務(テレワーク)を強く求める中、保護者の安心感も考慮して学校だけ「通常通り」とはいかない事情があった。一方、政府の専門家会議は「子どもは地域で感染拡大の役割をほとんど果たしておらず、(学校の対応は)地域のまん延状況を踏まえることが重要」との見解を示していた。県としては市町などに休校を要請するほど感染は広がっていないが、県立校の方針を示すことで察してほしいとの思いがあったとみられる。実際、すべての市町が小中学校と高校を休校にした。その後、県立と大半の市町立の学校が10日まで休校を延長した。
 県はまた緊急事態宣言で、生活の維持に必要な場合を除き外出の自粛を要請。県外から帰省して感染が確認されたケースもあったため県境を越える不要不急の帰省や旅行を控えるよう求め、医療体制が県本土に比べ充実していない離島地域を訪問しないよう訴えた。

緊急事態宣言で休校となり、静まり返った教室=4月22日、長崎市立諏訪小

◎緊急事態宣言・休業
 緊急事態宣言で注目された自治体の対応に、事業者に休業を要請するかどうかの判断があった。4月17日時点で要請に踏み切ったのは、先行して宣言の対象地域になっていた7都府県を含め計16都府県。うち12都府県は経済的損失への支援を決定した。中村法道知事は「(店舗や施設が)県内でクラスター(感染者集団)形成の場になった事例は見られない」として要請しなかったが、完全に否定したわけではなかった。そこには財政上どう措置するかという課題もあった。
 4日後の21日、知事の葛藤が吐露された場面があった。自民党県連が、いわゆる「3密」を避けるためパチンコ店などへの休業要請に言及した際、知事は「都市圏から(地方への)来店者が多いとの報道があったが、県内ではそうした状況は確認されていない」と指摘。その上で「懸命に工夫をして事業を継続している方々に20万円、30万円の協力金で休業を要請できるのか非常に悩ましい」と述べた。
 実際、2月から次第に人々の出足が鈍り、観光関連業や飲食業などさまざまな業種で経営の厳しさが深刻化。県内の一部自治体が支援策を打ち出していた。休業と引き換えに協力金を支給しても、事業者をさらに追い込まないか。
 ただ政府が、新たに創設する臨時交付金を協力金の財源に活用することを認めると、各地で休業要請や協力金支給を表明する動きが続出。知事も4月24日に遊興施設、運動施設、劇場、商業施設、飲食店などに5月6日まで休業や営業時間短縮を要請し、応じた事業者には協力金30万円を支給すると発表した。隣県で休業要請が進み業種によっては県内への流入が懸念されることなどを理由に挙げた。
 4月27日には、3月に専決処分した緊急対策約40億円の一般会計補正予算に追加する形で、県民生活・地域経済対策の約143億円を盛り込んだ総額約205億円の一般会計補正予算案を公表。5月1日の臨時県議会で可決した。
 その後、緊急事態宣言は全国でいったん5月末まで延長されたが、県は遊興施設などを除き休業要請を解除。政府が14日に本県を含む39県への宣言を前倒しで解除したため、県も15日までで休業要請を全面終了した。
 知事は15日の会見で「国は基本的対処方針の中で取るべき施策を示しているが、地方はそれぞれ事情や環境が異なる。県民がどう動くのか読めない面もあり、個々の施策を判断し選択するのか非常に難しい」と述べた。

営業時間の短縮で、いつもより早くのれんを下ろす飲食店=4月25日、長崎市油屋町

◎感染防止と経済両立へ
 中村法道知事は5月22日の記者会見で「県内では1カ月以上、新たな感染者は発生していない。今後は十分な感染防止策を取りながら、軸足を経済活性化に移す必要がある」と方針を説明した。28日には経済活動と感染防止の両立に向けた施策を盛り込んだ総額約160億円の一般会計補正予算を発表。6月1日からは県境を越える移動自粛を解除し、県外からの観光客誘致も19日から促進する。

新型コロナウイルスをめぐる長崎県内の動き

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