日露戦争「日本海海戦」から115年 上対馬で慰霊祭

石碑の前で日本海海戦の戦没者を慰霊する西泊地区の住民=対馬市、殿崎公園

 115年前の日露戦争「日本海海戦」の慰霊祭が28日、対馬市上対馬町西泊の殿崎公園であり、地元住民が日露両軍の戦没者約5千人を追悼した。
 海戦は1905年5月27日に対馬沖であり、日本の連合艦隊が勝利。翌28日、西泊に流れ着いた163人のロシア兵を、地元住民が民家に泊めて食事を振る舞ったとの逸話がある。
 同公園には地元住民が11年に建立した石碑があり、連合艦隊の東郷平八郎司令長官が揮毫(きごう)した「恩海義嶠(おんかいぎきょう)」(大勝利を収めることができた海の恩と山のように高く重たい人類愛を忘れてはならないとの意)が刻まれている。日露戦争100年に当たる2005年には地元住民の協力でロシア政府が両国の戦没者名を金属板に刻んだ「日露慰霊の碑」を建てている。
 慰霊祭は西泊区(古場公章区長)と住民有志の「対馬沖海戦先人の美挙継承委員会」(犬束俊治委員長)が共催。二つの碑の前で約10人が黙とうした。犬束委員長(64)は「今回は新型コロナウイルス感染症予防のため大々的な式典はしなかったが、これからも先人の美挙を後世に伝え続けていきたい」と話した。

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