法王が長崎で平和アピール 世界的発信力 何を語るか

 世界で12億人超のカトリック信者の頂点に立つローマ法王フランシスコ(82)が今年11月後半をめどに訪日し、被爆地長崎から核兵器廃絶を訴える「平和アピール」を発表する見通しだ。法王の訪日と来崎は1981年2月の故ヨハネ・パウロ2世以来。当時を振り返り、現状をまとめた。
 81年2月26日、長崎市松山町の市営陸上競技場。ヨハネ・パウロ2世の歓迎集会を兼ねたミサに5万人近い県内外の信者や市民が集まった。この日は大雪だったが「法王がオープンカーで会場に入る少し前に雪がやみ、日光も差した」。法王の身辺警護をしていた県警OBの小ケ倉康宏さん(67)は当時の光景を驚きとともに振り返る。
 ヨハネ・パウロ2世は日本にキリスト教が伝来して以来、初めて訪日した法王だ。日程は2月23~26日。東京で昭和天皇や鈴木善幸首相と面会、若者との対話集会に臨んだ。広島市では原爆資料館を視察、平和記念公園で核兵器廃絶を訴える「広島平和アピール」=別掲=を読み上げた。
 長崎市には25、26日に滞在し、日本二十六聖人殉教地や大浦天主堂、聖母の騎士修道院、恵の丘長崎原爆ホームなどに足を運んだ。
 25日に浦上天主堂で法王が執り行った司祭叙階式で司祭(神父)となった古巣馨さん(64)=五島市出身=は、法王が滞在中に発したさまざまな言葉を今も覚えている。「特に『元気を出して』『愛は死よりも強い』という言葉が心に宿っている。81年2月25日は私の原点といえる」と語る。
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 あれから約38年。ヨハネ・パウロ2世から2代後の法王フランシスコが今年、長崎、広島、東京などを訪問する意向を示しており、今後調整が本格化する。
 アルゼンチン生まれのフランシスコは、日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルらが創設したイエズス会出身。アルゼンチン時代から日本での宣教活動を望んでいたという。
 ただ日本のカトリック信者数は約44万人と人口比で0.3%程度。世界では“マイナー国”だ。2013年に法王となったフランシスコが訪日まで月日がたっていることについて「先んじて日本へ行くわけにはいかなかったと思う。一定ほかの国を回り、ようやく時期が訪れたのではないか」。元駐バチカン大使の上野景文さん(70)は分析する。
 フランシスコが1980年代後半に一度来日した際に知り合い、法王になるまでクリスマスカードのやりとりなどをしたという長崎市の神父は「日本ではカトリック信者が高齢化し、先細りの状態。訪日して教会を元気づけてほしい」と期待する。
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 フランシスコは、原爆投下後の長崎で撮影されたとされる写真「焼き場に立つ少年」に「戦争がもたらすもの」との言葉を添えたカードの普及を呼び掛けている。新上五島町出身で被爆2世の前田万葉・カトリック大阪大司教区大司教(69)を、昨年6月に日本人では6人目となる高位聖職者「枢機卿」に起用した。訪日への下地づくりを進めてきたとみられている。
 法王は核兵器廃絶のため「長崎で平和アピールをしたい」と前田枢機卿に伝えている。核情勢を巡っては2017年に核兵器禁止条約が国連で採択されたが、核保有国と非保有国の溝は深いまま。被爆者で日赤長崎原爆病院名誉院長の朝長万左男さん(75)は「法王は核廃絶へ並々ならぬ意欲を持っていると感じる」と話す。
 18年7月には「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に登録。核情勢を含め来崎は「非常にいいタイミング」(田上富久長崎市長)。世界的な発信力を持つ法王が何を語るか注目される。
 
 ◎ヨハネ・パウロ2世「広島平和アピール」 (抜粋)
 戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。この広島の町、この平和記念堂ほど強烈に、この真理を世界に訴えている場所はほかにありません。
 もはや切っても切れない対をなしている2つの町、広島と長崎は、「人間は信じられないほどの破壊ができる」ということの証として、存在する悲運を担った、世界に類のない町です。
 この2つの町は、「戦争こそ、平和な世界をつくろうとする人間の努力を、いっさい無にする」と、将来の世代に向かって警告しつづける、現代にまたとない町として、永久にその名をとどめることでしょう。
 各国の元首、政府首脳、政治・経済上の指導者に次のように申します。
 正義のもとでの平和を誓おうではありませんか。
 今、この時点で、紛争解決の手段としての戦争は、許されるべきではないというかたい決意をしようではありませんか。
 人類同胞に向って、軍備縮小とすべての核兵器の破棄とを約束しようではありませんか。
 神よ、わたしの声を聞いてください。それは、個人の間、または国家の間でなされた、すべての戦争と暴力の犠牲者たちの声だからです。
 神よ、わたしの声を聞いてください。わたしたちがいつも憎しみには愛、不正には正義への全き献身、貧困には自分を分かち合い、戦争には平和をもってこたえることができるよう、英知と勇気をお与えください。
 おお、神よ、わたしの声を聞いてください。そして、この世にあなたの終わりなき平和をお与えください。
(日本カトリック司教協議会社会司教委員会編「広島平和アピール 教皇ヨハネ・パウロII世」から原文のまま抜粋)

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