見えない堰堤(かべ) 石木ダム訴訟判決・<下> 必要性浸透せず 迫る裁決

 長崎県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設事業を巡り、反対地権者らが国に事業認定取り消しを求めた訴訟。長崎地裁判決から一夜明けた10日、敗訴した反対地権者ら約50人が、同市役所に詰め掛けた。今後の方針を市にただすためだ。
 「お墨付きと言うつもりはないが、一定理解は得られたと考える」。応対した谷本薫治・水道局長の言葉には、市の水需要予測を司法が認めたことへの安堵(あんど)感がにじんだ。原告側弁護人が「裁判所は『不合理ではない』と言ったにすぎない」とかみついたが、谷本局長は「判決文(の表現)としては一般的と思う」とかわした。
 同市の利水などを目的とする石木ダム。だが当の市民にダムの必要性の理解が浸透しているとは言い難い。長崎新聞社が1月に県民500人を対象に実施したアンケート。同市民に限って見ると、石木ダム不要派(計47・4%)が必要派(計32・6%)を上回った。1994~95年に大渇水を経験した同市だが、2007年度を最後に給水制限はなく、「水不足」の記憶は薄れつつある。16年1月には記録的寒波で市内の水道管が破裂し、大規模な断水が発生。これが影響してか、同年に市が実施した市民アンケートでは「水の安定供給」に関する施策で「水源の確保」よりも「水道施設の更新・整備」を重視する人が多かった。石木ダム反対派の石木川まもり隊代表、松本美智恵さん(66)=同市=は「市民はダム建設より漏水対策を優先してほしいと思っている」と指摘する。
 こうした中、同市は広報誌で「佐世保の水事情と石木ダム」と題したシリーズ企画を6月号からスタート。朝長則男市長も5月号のコラムで石木ダム建設への理解を呼び掛けた。事業認定取り消し訴訟が起きた15年以降、同市のPRは自粛傾向にあったが、巻き返しへの思惑も透ける。
 一方、治水の恩恵を受ける川棚町。県内初の大雨特別警報が発表された6日、川棚川は一時、「氾濫注意水位」まで増水した。町民の女性は「最近は異常な豪雨が多く、ダムがあるに越したことはない」。一方で「反対住民の気持ちも分かるから」と声を潜める。日常会話で、デリケートなダムの話題を口にすることはほとんどない。
 現場では、反対派などが座り込みなどで抗議する中、付け替え道路の工事が少しずつ、しかし着実に進む。本体工事の着手時期は遅れているが、県は「22年度完成を目指す工程に変わりない」とする。「公共の利益」のため、住民は立ち退くべきなのか。多くの県民が答えを出せないまま、行政代執行への道を開く県収用委の裁決が迫る。

佐世保市役所を訪れた地権者らと石木ダムの必要性を訴える朝長市長(左)、市広報誌(写真はコラージュ)

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