挑戦するのが面白い 怖さも楽しみ  プロボクサー田中恒成(2)

By 稲葉拓哉

WBOライトフライ級戦でモイセス・フエンテス(右)を攻める田中恒成=2016年12月31日、岐阜メモリアルセンター

 世界ランカーとのデビュー戦に勝利した後、田中は快進撃を続ける。2015年5月、5戦目で世界王者を獲得。16年末のWBOライトフライ級王座決定戦では、元世界王者をスピードで翻弄(ほんろう)、5ラウンド目に強烈な左フックをたたき込み勝負を決めた。

 リングの上ですさまじい強さを見せる田中も、昼間は中京大に通う普通の大学4年生だ。食堂ではスマートフォン片手に仲間とユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の話題で盛り上がる。

食堂で友達と笑顔で話す田中恒成(右から2人目)=2017年1月 12日、名古屋市の中京大

 ゼミでは常に最前列に座り、試合まで1か月を切っていても授業にきちんと出てきて教授を驚かせた。ただ、ハードな練習との両立はなかなか厳しく「単位は正直ぎりぎり。卒業は2階級制覇より難しい」と笑う。

 練習は大学が終わってから。大通りから路地を入るとサンドバッグをたたく音が聞こえてくる。田中が大学生からプロボクサーに変わる場所だ。畑中が田中の拳にバンデージを巻いていくうちに、どんどん精悍(せいかん)な顔つきになる。課題を紙に書きリングのコーナーに貼り付ける練習方法に、畑中は「納得するまで理論立てて継続する、努力する天才。同じ練習量でも、他のボクサーとは質が違う」と舌を巻く。

 練習後は、大量の汗を流しながら地べたに座り込む。力を出し切った後は、少し近寄りにくい。でも、取材を始めると、こちらを楽しませようと話してくれる。最後は「いつもありがとうございます」と気を配る礼儀正しい青年でもある。

河川敷をジョギングする田中恒成=2017年3月30日、名古屋市

 ボクシングは楽しいですか、と聞いてみた。「楽しい、とは思わない。面白い、です。練習に減量に緊張…。それを乗り越えるのが面白い。挑戦するってドキドキしますね」

 ボクシングを始めたのは小学5年。トレーナーを務める父親の影響だった。テレビで見たプロの姿に憧れ「いつか注目を浴びたい」「お金持ちになりたい」と思い、ここまで走り続けてきた。取材後、田中は付け加えた。「お金をほしがることは悪いと思わない。一生懸命やっているのだから。ボクシングでこれだけ稼げるって、一つの夢になるでしょ」

WBOライトフライ級王者の田中恒成。今月20日に防衛戦を控える =2017年4月19日、名古屋市

 日課のジョギングを終えた田中に、16戦16勝16KOを誇る次の対戦相手アンヘル・アコスタ(プエルトリコ)について尋ねた。

 「パンチが強い。倒されるかもしれないっていう怖さが楽しみ」。汗をぬぐうと、こう続けた。「自分にはボクシングしかない。かっこよく言えば、人生そのもの」。体をほぐし、帰宅する後ろ姿に揺るぎない闘志が見えた。(敬称略、年齢などは取材当時、名古屋写真映像部・稲葉拓哉29歳)

▽取材を終えて

 挑戦をやめないアスリートの姿を追いたかった。

 田中恒成の魅力は不安や恐怖を喜びに変えていく強さだ。自分を追い込み、向き合い続けることで壁を乗り越えていく強さ。そして、どんな相手にも立ち向かっていくチャレンジ精神。周囲が彼に期待を寄せる理由はそこにあるのだろう。

 扉を開けると、日常のストレスさえ忘れさせてくれる熱気に満ちたボクシングジム「SOUL BOX」。ボクシングの知識を全く持ち合わせていなかった私を笑顔で迎え入れてくれる温かさがそこにはあった。2016年10月以降、長きにわたり取材に付き合ってくれている恒成さん、畑中会長、スタッフ、ジムに通うボクサー、協力していただいた全員に感謝を伝えたい。

 田中恒成の挑戦が行き着く先を、この目で確かめることが私の今後の目標だ。(了)

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