ルマン24時間に駆けつけた観客の熱に触れて考えたこと。それは…

表彰式を見るために押し寄せた観客で埋め尽くされたサルテ・サーキット(C)Toyota GAZOO Racing

 スポーツでよく耳にする“タラレバ”。これは試合中の瞬間、瞬間に合わせて、選手が下した決断が、振り返ってみると失敗だったという事を示した言葉だ。記憶に新しいところで言えば、サッカー日本代表が先日、臨んだ国際親善試合「キリン・チャレンジカップ」のブラジル戦とチュニジア戦が好例だろう。

 ご存じの通り、この2試合の内容はまるで違った。どちらも次々と迫られるプレーの瞬間に下した決断の積み重ねとして、負けたものの最後まで競り合ったブラジル戦に対し、チュニジア戦では完敗と言える結果に終わった。

 決断に迫られることは、スポーツに限らない。全ての人がそれぞれの人生において、常に決断を下している。その結果として、人生模様も変化していく。スポーツはそれが試合のなかで連続していることもあって、分かりやすい。だからこそ、人々はスポーツに熱くなるのだろう。

 もし、結果が悪い方向に進んだとしても、そのまま終わるとはわけではない。味わった悔しさや真摯(しんし)な反省が次戦の英気を生む。いかにリベンジするのかを目にするのは、スポーツが持つ醍醐味(だいごみ)の一つなのだ。

 リベンジといえば、最近良く使われているワードが「リベンジ消費」。この言葉が持つ“圧倒的な力”を筆者はつい最近、体感してきた。それがフランス西部のルマンで行われた伝統の自動車耐久レース、第90回ルマン24時間だ。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、2020年は無観客、21年は5万人に限定して開催された。今年はすべての規制が解除されると、コロナ前とほぼ同じ水準の24万4200人もの観客が押し寄せるまでに復活した。

 筆者は以前からルマン24時間レースとは―自動車レースではあるものの―開催地のルマンやそこに住む人々にとっては街全体で盛り上がる「夏祭り」なのでは…という印象を持っていた。今年ルマンを取材で訪れて、確信に変わった。きっかけは、スタート前日の金曜日=今年は10日=夕方にルマン市内で毎回開催されるドライバーズパレードを見た時だった。

 発着地となったジャコバン広場周辺では、沿道にあふれるほど詰めかけた多くの老若男女がパレードを笑顔で楽しんでいた。このパレードを見に来ている人たちは決してレースのファンばかりではない。ただ、ルマンに世界中から25万人もの人々が集まる瞬間を楽しんでいるのだ。

 翌11日午後4時からの決勝レースでも、1周13.629キロのサルテ・サーキットに集まった25万人の人々がそれぞれ思い思いの楽しみ方で24時間に及ぶ長丁場のレースを満喫している姿を見ることができた。例えば、決勝レースがスタートする直前までコース上には観客があふれていた。それ以外にも、キャンプで家族や仲間たちと観戦したり、深夜まで開いている会場内の酒場で踊り熱狂したり、同じく会場内で開催されているイベントやライブを楽しんだり…。もちろん、持参した折りたたみ椅子に陣取り、寝る間も惜しんでレースを見続ける人たちもいた。

 12日午後4時、レースの決着がついた。知られているように、トヨタが見事5連覇を飾った。優勝は8号車のセバスチャン・ブエミ、ブレンドン・ハートレー、そして日本人として史上5人目のルマン・ウィナーとなった平川亮だ。2位には7号車のマイク・コンウェイ、ホセ・マリア・ロペス、そして今年はドライバーとしてだけではなく、チーム代表という立場で戦った小林可夢偉が入った。

 表彰式では多くの観客がその勇姿をひと目見ようとコース内に集まった。ここでもまた、人々の熱意や熱狂が強く感じられた。世界は新型コロナを乗り越え、新しい秩序の下で、以前同様にレースを楽しんでいた。その空気に触れていると、リベンジ消費の盛り上がりがひしと感じられた。

 モータースポーツにおいて高まっているリベンジ消費の熱は、この秋に日本にもやってくるはずだ。言わずとしれたF1日本グランプリ(GP)である。日本では3年ぶりの開催となるF1は今季、チーム勢力図が一変している。メルセデスの独走時代が終わり、現在のトップチームはレッドブル、それを信頼性には不安があるが速さで上回るフェラーリが追いかけている。

 このところ、F1の人気が世界的に再ブレイクしている。加えて、近い将来にF1開催カレンダーが大幅見直しされるのでは、とのうわさが流れている。背景には、新規候補地の強い開催欲があるからだ。伝統のモナコGPについても「隔年開催でも良い」と発言するチーム関係者がいるほどで、見直しの行方が注目されている。

 日本GPを今後も守るために、ホンダの協力は不可欠だ。しかし、まずは多くのファンが観戦に訪れなければならない。そして、多くの観客が生み出す熱狂を世界に伝える必要がある。現在、世界各地で見せつけられているリベンジ消費。今年の日本GPでは、日本のF1ファンによるリベンジ消費をぜひとも世界に見せつけたいものだ。(モータースポーツジャーナリスト・田口浩次)

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