17位とは思えない内容で完勝 諦めない、ぶれない、湘南の伝統

J1 湘南―FC東京 前半、先制ゴールを決める湘南・池田(左)=レモンS

 いくら良い内容の試合を続けていても、勝ち点に結びつかないと選手は疑心暗鬼に陥る。自分の進むべき道を信じられなくなって、リズムを崩す。試合内容までもが悪くなっていくのだ。シーズン終盤に気がつけば、降格の恐怖が迫り、プレッシャーに押しつぶされてしまう。

 Jリーグの歴史を見ていると、開幕前は期待されていたのに「なんでこうなってしまったの」というチームが結構多い。今季のヴィッセル神戸は、まさに典型だ。負のスパイラルから抜け出せないでいる。負けの込んでいるチームの監督は大変だ。自分の方針を選手に徹底させる作業は、そう簡単なことではないと思われるからだ。もし結果が伴わなくても、その作業には、お互いの高い信頼感が不可欠となる。

 今季のJ1リーグ前半戦最後となる6月18日の第17節。湘南ベルマーレの試合は、内容を見ると17位に低迷しているとは思えない素晴らしいものだった。相手は6位のFC東京。リーグ戦で4連敗中の苦手な相手だ。しかも最後に勝ったのは2015年で7年も前だ。湘南のほとんどの選手が勝った記憶さえ持ち合わせていない相手だろう。

 雨中でキックオフされた試合は、立ち上がりから攻守にはっきりした湘南の意図が感じられた。守備時には、労を惜しまず相手との間合いを詰める。身体的に自由にさせないことに加え、精神的にも圧迫感を与える文字通りのプレスだ。そして、自分たちがボールを支配する場面では、マークを捨ててもリスクを冒す。人数をかけてペナルティーエリアに選手を送り込み、シュートまで持ち込む。狭いスペースでも縦に入るショートパスをつなぎ、ゴールを奪おうという意欲がはっきりと伝わってきた。

 開始12分、池田昌生の縦パスを町野修斗がポストプレーで落とし、茨田陽生がペナルティーアークから放った右足シュートは、ゴール右にわずかに外れる。14分には町野のスルーパスを瀬川祐輔が右足シュート。ゴール右隅を襲ったが、これはGKヤクブ・スウォビィクが飛び込んで腕を伸ばし、枠外にはじき出す。立ち上がりから一方的に押し込む湘南。その攻撃が実ったのは前半26分だった。

 サッカーでは一瞬でも気を緩めれば、その隙を突かれてピンチに陥る。FC東京から見れば、そのようなプレーの末の失点だった。FC東京の左サイドのスローイン。そのボールを湘南がヘディングではね返す。自陣に飛んできたボールを青木拓矢がヘディングで処理したボールは、湘南の町野の手に当たった。ここでプレーを止めなかった湘南に対し、FC東京の選手はセルフジャッジで一瞬プレーを止めた。ボールを連続してつないだ湘南に対し、FC東京の守備は後手に回った。FC東京の最終ラインの裏に瀬川がボールをすくい上げるような浮き球のパスを送る。落下点に走り込んだのは池田だ。飛び出してきたGKの鼻先で右足を精いっぱい伸ばし、つま先でボールをとらえる。名手スウォビィクの頭上を越えたボールはバーをたたきながらゴールに転がり込んだ。

 湘南とすれば完璧な前半だった。FC東京に許したシュートは前半37分に許した青木のシュート1本のみ。それも大きくゴール枠を外れた。一方的と言ってよかった。

 後半15分、FC東京は一気に3枚の交代カードを切り、レアンドロ、東慶悟、バングーナガンデ佳史扶を投入。これで流れはFC東京に傾きかけたかに見えた。その反撃ムードを消したのは、直近の公式戦5試合で5ゴールを奪っている町野だった。

 後半25分、ペナルティーエリア外からゴールを強襲した杉岡大暉の左足FKは、GKスウォビィクの好守に阻まれた。しかし、チャンスは左CKとして続いた。再び杉岡がセットしたボールに対し、ゴール前からニアサイドに飛び出したのが町野だ。ニアサイドのコースを消していたFC東京のディエゴオリベイラの背後から前に飛び出し、ボールをヘディングでそらす。的確にコースを変えられたボールは、ゴールに勢いよく飛び込んだ。町野はリーグ7得点。これで得点王争いの3位に浮上した。

 2―0とした湘南は、手堅く試合を終わらせる作業に入った。後半31分、FC東京はアダイウトンが左サイドを抜け出してシュートを放つが、GK谷晃生が体でブロックする。MF石原広教が的確にコースを限定していた。石原は「危険人物」アダイウトンとの局面での勝負にことごとく競り勝った。その意味で守備面での勝利の立役者ともいえた。

 完璧な勝利だった。湘南の順位を知らなければ、チャンピオンチームの勝ち方と言われても疑問を持たなかっただろう。順位は下から2番目のままだが、射程圏の勝ち点3差に12位のチームがいる。J2降格圏からの脱出も難しい問題ではないだろう。

 資金力のあるチームがリーグで上位を占めるのは世界の常識だ。それに照らし合わせれば、Jリーグはちょっと異質ではある。個人的に好感を持てるのは、財政基盤が弱いクラブが工夫を凝らしながらリーグに感動をもたらすことだ。確かに湘南は毎年のようにJ2降格の危機にさらされている。それでも、より良いサッカーを披露しようとする意気込みは、この日の山口智監督率いるチームから伝わってきた。勝てなくても諦めず、ぶれない。そういえば湘南というクラブは、そのようなスタイルでここまで歴史を積み上げてきた。伝統なのだろう。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材は2018年ロシア大会で7大会目。

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