神戸に初勝利をもたらした別格のプレー イニエスタ、巧みなシュートにおしゃれなパス

J1 神戸―鳥栖 前半、先制ゴールを決める神戸・イニエスタ=ノエスタ

 ほんの数年前、クラブには大きな野望があったはずだ。メディアでは盛んに「バルセロナ化」という文字が躍っていた。だからこんな事態は想像すらしていなかっただろう。

 Jリーグでも突出して人件費をかけたヴィッセル神戸のチーム編成。アンドレス・イニエスタを筆頭にセルジ・サンペール、ボージャン・クルキッチの「本家」バルセロナ組。さらに大迫勇也、武藤嘉紀、山口蛍、酒井高徳、槙野智章は2018年ロシアW杯の日本代表メンバーだ。「森保ジャパン」には今、大迫しかいないが、それでも最高レベルの日本選手をそろえていることには間違いない。

 昨季はリーグ3位という過去最高の成績を収めた。当然、今季は優勝しか目指していなかっただろう。それが、開幕戦から11戦勝利なし。シーズンの3分の1近くを消化した時点で最下位と、J2降格も本気で心配しなければいけない状況に陥った。いまやお家芸ともいえる、シーズン途中の監督交代。今年3人目となるミゲルアンヘル・ロティーナ監督を迎えても、リーグでは2連敗と勝てなかった。しかし、J1第13節、5月14日のサガン鳥栖戦。ついに待望のリーグ初勝利を飾った。

 「ゴールはケチャップのようなもの。出ないときは出ないけど、出るときはドバドバ出る」。かつて本田圭佑がオランダの名ストライカー、ルート・ファンニステルローイの言葉を口にしたことがある。まさに、その通りのゴールラッシュだった。

 今季、それまでのリーグ11試合で、神戸の複数得点は2ゴールした2月23日の浦和レッズ戦だけ。あとは1得点が3試合、無得点が7試合という貧攻だった。

 勝ちに恵まれていないチームは、悪くはない内容のサッカーを展開していても、ゴールというはっきりとした「実」を手に入れられないことで疑心暗鬼になり崩れていくことが多い。だから、早い時間帯でのゴールが必要だ。その起爆剤をチームに与えたのは、やはりイニエスタだった。鳥栖の堅守を、規格外の「個」で打ち破るイニエスタのプレーは痛快ささえ感じさせた。

 キックオフからわずか2分のことだった。神戸は左サイドを駆け上がった酒井に小林友希が自陣から縦にロングパスを送る。このボールを追った酒井のトラップが絶妙だった。前のスペースに抜けると見せて自陣方向に戻すような左足のトラップ。マークした鳥栖の飯野七聖は酒井の急激なストップに対応できずに体が流れた。その酒井の切り返しに、ゴール前に突っ込み過ぎることなく、ゆっくりと上がってきたのがイニエスタだった。

 「点を取るためにはシュートするスペースを空けておけ」。日本選手に徹底されていない基本をイニエスタは当たり前のように守った。武藤が鳥栖の守備ラインを引き付けてゴール前へ。そこに遅れて入ることにより、鳥栖の最終ラインと自分の間にはスペースがあった。だから酒井の横パスをフリーで受けることができた。右足のインサイドでトラップしてゴール方向に体を向けると、さらに小技を使ってGKとの駆け引きをした。小刻みに2歩ステップを踏むことで、ゴール右へキックするかのような体の向きをつくった。GK朴一圭(パク・イルギュ)はそれに反応して体重移動。イニエスタは上半身をねじるようにしてゴール左へのシュートを放った。朴がまったく動けなかったのは、予測も重心も、完全に逆を突かれたからなのだろう。

 開始直後の待望の先制点。この日の神戸は、さらに畳み掛けた。前半14分、鳥栖の最終ラインからのビルドアップで、チャンスをうかがっていた武藤が縦パスを強奪してゴール前に仕掛ける。それを中央でフォローしたイニエスタが、おしゃれなラストパスでスタジアムを沸かせた。武藤からの横パスを右足アウトサイドで左のスペースに。走り込んだ汰木康也が左足ダイレクトでファーポスト際に流し込んだ。

 3点目もイニエスタが起点になった。後半19分にイニエスタが左サイドからドリブルで仕掛ける。そこに鳥栖の守備陣の視線が完全に引き付けられた。そのイニエスタのパスを受けた酒井が柔らかな浮き球を送ったとき、武藤は完全にフリーだった。これをボレーで突き刺すのは、武藤にとっては難しくないことだった。

 3―0となった後、イニエスタはお役御免。後半22分に大迫と交代した。大迫は後半アディショナルタイムに4点目を決め、大勝を締めくくった。これが大迫の今季初ゴールだという。日本代表のCFのファーストチョイスがJリーグでさえ得点に苦しんでいる。なんとも複雑な気持ちになる。

 「僕たちもサポーターも、とても苦しい序盤戦だった。この勝利が今後勝ち続ける第一歩になるといい」。やっとつかんだ初勝利。イニエスタは淡々とインタビューに答えた。ただ、彼のプレーの質は興奮ものだった。間違いなく、世界サッカーの至宝だ。しかし、あと何年も見られるわけではない。今、見ておかなければならない。

 そして、もう一つ。この日の神戸は徹底してロングパスを使った。GK前川黛也がゴールキックからビルドアップすることはなかった。ロティーナ監督が「実」を得るために決断した現実路線。それは、皮肉にも「バルセロナ化」のサッカーとは対極を成すものだった。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材は2018年ロシア大会で7大会目。

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