教訓を再確認できたホンジュラス戦 安易な失点は絶対にしてはならない

サッカー男子五輪強化試合 日本―ホンジュラス 後半、ゴール前で競り合い、ボールの行方を見つめるGK谷(左)。手前は冨安。オウンゴールとなった=ヨドコウ桜スタジアム

 苦虫をかみつぶした表情で頭を左右に振る。「やっちまったぜ」。吉田麻也の心中は、おそらくこんな感じだったのではないだろうか。ただ、考え方によっては「今、やっちまって逆に良かった」というのはある。7月12日、五輪本番前の強化試合。ホンジュラス戦で後半20分に失点した場面のことだ。

 決まれば、かなりオシャレなプレーだった。左サイドでホンジュラスのアルバレスがスルーパスを狙う。瞬時にスペースを埋めインターセプトをした吉田がクリアするのではなくパスをつなごうとしたように見えた。しかも、チップキックで浮き球のパス。ここまでは良かった。

 しかし、チップキックのボールは柔らかな曲線を描き、勢いがない。当たっても飛ばない。それを遠藤航がジャンプヘッドで処理したのだが、ボールは失速。再びプレスをかけてきたアルバレスにボールを奪われ、リバスにパスを送られた。リバスのシュートは一度はGK谷晃生がブロックしたが、カバーに入った冨安健洋に当たりオウンゴールになった。

 吉田、遠藤、酒井。皮肉なことにオーバーエージ3人を経由するはずだったパスが失点につながってしまった。経験豊富な選手たちが、遊び心を持って見せた余裕のプレーが裏目に出た。本来ならば、観客の目を楽しませる技術とアイデア。しかし、一つのゴールが敗戦に直結するビッグトーナメントでは、これをやってはいけない。それを東京五輪の本番前に再確認できたという意味で、教訓となる失点だった。

 遠藤のヘディングでのパスをカットされてからの最終局面。リバスがシュートを放つまでの数秒間にも、GK谷が失点を防ぐことができたのではないかと思う。少なくとも10年前のJリーグでプレーするレベルのGKだったら失点しなかっただろう。

 ここ数年でGKのプレースタイルは劇的に変化した。シューターと1対1の状況になった場合、体を倒してセーブするプレーが極端に少なくなった。以前はシューターとの間合いを詰めて、ボールにアタックにいく能動的な守備が普通だった。それが、体を倒すことなく手足を広げてボールが当たる面積を広く保つXブロックが主流になってきた。ハンドボールのGKのように両手を広げ、足はスライディングタックルのように開く。相手のシュートが体のどこかに当たってくれることを期待する守備は、ある意味で受動的なものだ。

 リバスのシュートに対し、谷は伸ばした左足にボールを当てた。それは現在のゴールキーピングとしては正しいのかもしれない。ただ、谷はアルバレスがスルーパスを出したと同時に間合いを詰める時間は十分にあった。勢いよく前に出たらリバスはシュートを打つタイミングを失っただろう。リバスはシュートを放つまでにスルーパスを追って7歩ほど走っている。谷が途中で止まったからこそボールに追いついたという形だ。

 20歳の谷をはじめ、五輪年代の若いGKはトレーニング理論が変わってしまったのだろうか。1対1になったら、前に出てシュートコースを狭める。そのゴールキーピング法を併用していれば、あの失点は防げた感じがする。新しい手法が必ずしもすべてをカバーするわけではない。現在の最新のゴールキーピングと、従来の優れた部分をミックスすることで、より失点は防げる。大切なのは、技術を使い分ける判断力だ。必ずGKが止まると分かっていれば、うまい選手はGKが止まるのを待つ。それにも対処できる守備をしなければ優れた「門番」とはいえない。GKの最大の役割と目的は、型通りのXブロックをすることではなく、失点をしないことに尽きるのだ。

 試合の3日前の9日に来日したホンジュラスが、どのようなコンディションだったのかはよく分からない。一方の日本も森保一監督が「1カ月ぐらい試合をしていない選手が多くて難しい試合だった」と語っていたが、良いテストになったのではないだろうか。

 シュートを1本も許さず、2ゴール以上に得点チャンスの多かった前半。ほぼ完璧な内容といって良かっただろう。ところが、ハーフタイムで相手が5人の選手を入れ替えた後半は様相がまったく変わった。特に失点した後は、たびたび左サイドを突破されてクロスを入れられた。結果は3―1だったが、本番であれだけゴール前にボールを入れられたら失点の可能性は高まる。自分たちのペースで運んでいた試合が、簡単に相手のリズムに変わる。決めるところで確実に決めなければ、痛い目にあうということを思い出すには良い機会だったかもしれない。

 1次リーグの3試合。東京、埼玉、神奈川で戦う男子は、残念ながら無観客での試合開催となった。自国で開催される大会なのに、家族さえ競技場で観戦できない五輪なんてなんとも皮肉だ。ただ、考えようによってはホームもアウェーもない今回は、真に実力が試される大会となる。そのなかで日本代表は、どのような戦いを見せるのか。史上最強といわれる若きサムライたちのお手並みを拝見したい。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材は2018年ロシア大会で7大会目。

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