見事な立て直しで川崎を追い詰めた名古屋 ただ、得たものは何もない

J1 川崎―名古屋 後半、チーム2点目のゴールを決め、ガッツポーズの川崎・山根(中央)=等々力

 完膚なきまでにたたきのめされた5日前の試合と比べれば、大きな改善がなされた。特に1点差まで追い上げた終盤は、王者を相手に完全に主導権を握っていた。しかし、いくら内容が良くても結果は残酷だ。対戦前までは3まで迫っていた勝ち点差は、あっという間に9に広がった。得失点差に至っては対戦前よりも10点も広がった。2位の名古屋グランパスからすれば、首位の川崎フロンターレを追い上げたかったゴールデンウイークの2連戦。結果は「黄金」にも値する勝ち点を、名古屋が王者にプレゼントする形になった。

 アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)のスケジュールの関係で、変則日程となった4月29日の第22節と5月4日の第12節。まずホームで戦った名古屋は、いきなりの衝撃を受けたのではないだろうか。それまで12試合で3点しか失っていなかった自慢の堅守が、川崎の猛攻の前に前半だけで4失点。0-4の完敗と、勝負にさえ持ち込ませてもらえなかった。その意味で再戦となった5月4日のアウェーでの試合。名古屋は短期間で、チームをうまく立て直した。

 守備型のチームが、急に攻撃的なサッカーをできるはずがない。名古屋は5日前から先発メンバーを4人入れ替え、自分たちのストロングポイントである守備力をより強化した布陣で等々力での試合に臨んだ。前節の米本拓司、稲垣祥の2ボランチを、長沢和輝を加えた3ボランチに変更。4-3-2-1のシステムで中盤の守備力を高めたのだ。

 川崎のパス回しを分断し、セカンドボールを拾う。名古屋の策は、はまったように見られた。特に前半に関しては川崎の効果的な攻撃は封じられたといっていい。ところが前半が終わってスコアを見ると、川崎の1-0。前半31分に田中碧の左CKをジェジエウがヘディングで決めたものだが、真に強いチームというのは思い通りに事が運ばなくても「つじつまを合わせてしまう」の好例だった。

 一方の名古屋も得点の可能性を感じさせた。開始8分に長沢のシュートはわずかに外れる。前半45分には稲垣の強烈なシュートもGKに防がれたが、2人の推進力のあるボランチがミドルレンジからゴールを脅かした。1点は失ったが、今回は手応えがある。名古屋の選手たちの、その気持ちをくじいたのは後半5分の川崎の2点目だった。登里享平のパスを、左サイドで受けた三笘薫。その仕掛けた罠が見事だった。相手に背を向けて名古屋DF成瀬竣平に食いつかせると、背中を軸に反転。縦に抜け出してゴール前に左足で折り返した。

 「ターンしてスピードを上げれば勝てると思っていた。うまくクロスも上げられて良かった」。三笘のそのラストパスに合わせて飛び込んだのが、山根視来だった。「押し込むだけだったので」とまるでストライカーのように語るのだが、ポジションは右サイドバック。スプリントして走り込むのなら、「そこ」にいることもあるだろう。だが、映像を見直すとかなり前からゴール前にいる。正直、多くの人が「何でそこにいるの」と思ったはずだ。マークしていた名古屋の米本が、ボールにつられるミスも絡んだことはある。それでもこのゴールは、山根のポジション取りの異能さがなければ生まれなかった。

 後半14分には、三笘のプレスを受けた丸山祐市がノールックでバックパス。そのボールが、GKランゲラックの逆を突くミスとなり痛恨のオウンゴールとなった。0-3となった時点で、ほぼ勝敗は決した。

 残念なのは、その後に名古屋が見事な攻撃を見せて反撃して点差を縮めたからだ。後半28分には右サイドを突破した森下龍矢がマイナスの折り返し。これを稲垣が右足でダイレクトに合わせて反撃ののろしを上げた。さらに後半38分にはペナルティーエリア右でマテウスがファウルを獲得。ほぼ角度のないところから得意の左足。まさに悪魔の左足だ。ボールはGK鄭成龍(チョン・ソンリョン)の頭上を越すと急激に変化。曲がって落ちると左ポストを直撃して、そのままゴールに飛び込んだ。

 2-3の1点差。それを考えると、名古屋からすればバックパスミスで失った3点目が、あまりにも痛かった。終盤の圧力は間違いなく名古屋の方が上回っていた。それは、後半のアディショナルタイムが5分もあるのに、コーナー付近で時計を進めようとする田中らのプレーにも現れていた。その意味で、この日の名古屋は川崎を間違いなく追い込んだ。

 ただ、終わってみれば名古屋は首位チームを引きずり下ろすどころか、何一つ手にすることはできなかった。一方で川崎は、ほぼ満額の結果を残した。首位チームと2位チームの間に生まれたこの差は、想像以上に大きい。名古屋は自力で川崎を止める術を失ったからだ。

 試合後、この試合の攻守の主役となったジェジエウは「ここで勝ち点6を取れたことは大きい」と語っていた。まったくその通り。気が早すぎるかもしれないが、川崎がまたリーグ連覇に近づいた。そう思わせる直接対決2連戦。時が経てばその価値が分かるはずだ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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