資金が豊かでなくてもできる 鳥栖スタイルの強化方法

J1 FC東京―鳥栖 後半、ゴールを狙う鳥栖・樋口(右)=味スタ

 世界的ストライカーが、ゴール前で所在なげに、いつ送られてくるか分からないボールを待っている。フェルナンドトーレスという名前のインパクトが強過ぎたせいだろう。サガン鳥栖のイメージは、武器を持っていながら使いこなせていないというのが、つい2年前まであった。

 先入観とは厄介なものだ。自分自身の認識をアップデートしないうちに、鳥栖がまったく違うチームに変わっていた。とても良いチームだ。個人的に好きなタイプに入る。

 第10節で開幕から無敗だった名古屋グランパスに初黒星をつけた。第11節はFC東京と対戦。FC東京と比べても、鳥栖の選手は知名度では圧倒的に劣っていた。知名度の高さは、能力の高さと比例することが多い。ただ、個々の能力が少し劣っていても、集団として機能することで、相手を上回る状況はつくることができる。FC東京戦での鳥栖は、まさにそのような試合を展開した。

 両ウイングバックを置いた3-5-2システムのなかで、ボールがよく回る。2年前から試合に出ている19歳の松岡大起が、アンカーの位置から巧みにボールを散らす。一列前にいる松岡と同じ鳥栖ユース育ちの樋口雄太と、1月に移籍してきた仙頭啓矢の3人を中心に完全に中盤を支配した。

 面白いようにパスがつながるのは、もちろんFC東京の対応が遅れたこともある。それ以上に、鳥栖の選手が「サッカー」に対して忠実だった。パスを出したら相手選手の中間に素早く移動する。いわゆるパス・アンド・ゴーの原則を繰り返すことにより、相手につかまらず、ボールの通り道をつくり出していた。

 先制点は前半18分、FC東京の守備ブロックの外側でのパス回しからだった。中央の仙頭から右サイドの樋口にボールが渡る。その瞬間、ペナルティーアークにいた酒井宣福が相手DF2人の間に割って入った。

 素晴らしいラストパスだった。左足のインスイングで送り出された精度の高いパスは、DF2人に挟まれた酒井の頭にピンポイントで合った。GKにすればノーチャンスのヘディングシュート。今季の鳥栖は、第10節までに6試合で先制している。そのすべてに勝利を収めていることを考えると、なんとも勇気づけられる1点だった。

 「今日の試合は特に(ボールを)受けた瞬間に一番前の選手を見て、そこに蹴ることができて得点につながった」

 先制点のアシストについて樋口が語った感想だ。ボールを受けたら、相手ゴールに一番近い選手を探す。日本のサッカーでは、当たり前のことが徹底されていないことが多い。フリーで抜け出せる前線の選手にラストパスを通すことができれば、得点の可能性はより高まるのは当然だ。もちろん、そこに届けるキックの正確性が必要なのだが。

 先制点から4分後、ちょっと驚いたことがあった。鳥栖の左サイドのFK。キッカーの樋口がボールを蹴ったのは右足だった。

あまりにも先制点につながったキックが見事だったので、根拠もなく左利きと信じ込んでいた。資料を開いて、樋口が初めて右利きだと分かった。

 樋口が、自ら「左利き疑惑」の真相を見る者に分からせてくれたのは、前半34分だった。鳥栖は中盤のプレスからボールを奪い取ると、仙頭、松岡とつないで中央の樋口へ。ターンして右斜め方向にボールを持ち出した樋口は、ペナルティーエリア外からそのままドリブルシュート。右足で捉えられたボールは、ハンマーで弾かれたような勢いで、ゴール左隅へと飛び込んだ。先制点のアシストに勝るとも劣らない見事なキックだった。

 前半は完全に鳥栖のペースだった。しかし、このままいかないのがサッカーの面白いところだ。後半は逆にFC東京が息を吹き返した。後半8分に森重真人が左CKからのヘディングシュートを決め1点差。その後も、後半11分、23分と決定機を迎える。入らなかったのは、もちろん運不運もあったが、鳥栖の守備が素晴らしかった。なかでも後半アディショナルタイムの46分、レアンドロのきわどいシュートをはじき出したGK朴一圭のファインセーブ。あのプレーは、樋口の1得点1アシストにも匹敵する価値あるものだった。

 シーズン前、多くのチームは「優勝を狙います」という。ただ、現実に目を向けると、チームは3種類に分かれる。優勝を狙うチーム、中位を維持するチーム、降格回避を目標とするチームというのが普通だろう。欧州のリーグを見ても、スター選手を集めるのは経済規模の大きいビッグクラブ。財政的に豊かではないクラブは、自前でユースから選手を育てる。そして、個々の能力に頼るのではなく、組織力を整備してチーム力を上げていく。普遍的なやり方だ。

 現在の鳥栖は、まさにそのようなチームづくりをやっているのではないだろうか。ネームバリューとしては、選手は全国区ではない。しかし、よく見るとユース出身の選手たちを筆頭に確かな技術を持つ。樋口や松岡、中野伸哉は、その好例だ。フェルナンドトーレスのようなスーパースターがいなくても、第11節で3位というポジションに位置していることを考えると、資金をつぎ込むだけがチームづくりではない。若い選手が多く、将来性も見込める鳥栖。今後は注意して試合を見守ろう。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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