天野純のゴールに至る芸術的プレーの数々 これがあるからサッカーのとりこになる

J1 札幌―横浜M 後半、途中出場し攻め込む横浜M・天野(右)=札幌ドーム

 数え切れないほどの試合を見てきた。それでも飽きもせずにまた試合を見てしまうのは、まれに美しいゴールシーンに出くわすからだ。美しいゴールは、サッカーのとりこになる理由の大きな部分を占める。スタジアムに足を運べば、必ずその感動を得られるわけではない。確約がないにもかかわらず、懲りずにチケットを買い続ける。そういう人々は、きっとその瞬間を目撃する喜びを知っているからだろう。

 よくこのような言葉を耳にすることがある。ヒーローインタビューを受ける選手が「あの得点は、ほとんど○○君のゴール」と語る場面だ。まったくその通り。ゴールはシュートを打つ選手の技量だけで成り立つものではない。お膳立てする選手のプレーで、ほぼ決まる得点というものが結構ある。フィニッシャーがゴール前で的確なポジション取りをしていれば、簡単に入れられるゴールだ。

 久しぶりに鳥肌が立つプレーを見た。ジーコに言わせれば「フッチボウ・アルチ(芸術的サッカー)」とは、こういうことなのだろう。J1第10節のコンサドーレ札幌対横浜マリノス。そのプレーは札幌が1-0とリードした後半35分に飛び出した。

 交代出場して10分後だった。右タッチライン際に流れた天野純に縦パスが入る。このとき天野には、札幌MF荒野拓馬が食いついてきたのが分かったのだろう。左足のアウトサイドで内側に切り返したターンで、荒野に尻もちをつかせた。それだけ鋭かった。利き足の左でボールを持ち、完全にフリーになった状態でペナルティーエリア右角にドルブルで侵入。オナイウ阿道にピンポイントで合わせたラストパスが、これまた絶妙だった。

 オナイウがシュートを合わせるポイントは、天野の視界には見えなかったはずだ。札幌DF2人が眼前に立ちふさがり、コースを消されていたからだ。それでも、イメージとしてはその位置をしっかりと把握していたのだろう。そこにドンピシャリにラストパスを通した。

 守る側としては対処できないボールだ。走るのとまったく変わらないフォームから、左足アウトサイドでカーブの掛けられたボール。蹴るタイミングも分からなければ、コースを消しているはずの背後に曲がって届くのだから、守備側はお手上げ状態だ。天野に対しての脱帽という感じだったのではないだろうか。

 相手をかわしながらのターン。ドリブルのコース取り。そして受け手に優しいラストパス。どの部分を切り取っても、芸術的だった。

 左足で同点ゴールをプッシュして、逆転勝利のきっかけを作ったオナイウ。彼は、素直に天野のファンタジスタ性を称賛した。「純君がボールを引き出し、(DFを)はがして前を向ければ、ゴールに直結するくらいの技術力が純君にはあります」と。

 同じレフティーで、FKのスペシャリスト。2019年、天野はユース時代から憧れ続けていたマリノスのレジェンド、中村俊輔の背番号10、そしてキャプテンも任された。その時に、当時ジュビロ磐田に所属していた中村本人にも承諾を得た。しかし、シーズン途中でベルギーに移籍。そのロケレンが経営破綻し、海外挑戦はわずか10カ月で終わった。それでも戦うたくましさを身に付けて帰国した。ただ、ベルギーにいる間にマリノスはJ1王者に輝いた。その喜びを、仲間と味わっていないのは大いなる心残りだろう。

 それにしても、マリノスの交代策が面白いようにはまった試合だった。後半25分に天野とともに水沼宏太が投入された。再三の好守でマリノスの前に立ちはだかっていた札幌GK菅野孝憲の牙城を崩すきっかけとなったのは、交代出場したこの2人だ。天野が同点ゴールを演出すると、後半37分には右サイドからのクロスで水沼が前田大然の逆転ゴールをアシスト。さらに水沼はアディショナルタイムとなる後半54分に、エウベルのダメ押し点へのラストパスも通している。

 一方の札幌も、1-3の最終スコアほどの差をつけられた内容ではなかった。逆に同点にされるまでは勝利を収めていても何も不思議のない内容といえた。特に「あの場面」を決めていれば分からなかった。

 この試合で、札幌は後半2分にアンデルソンロペスがクラブ記録に並ぶ5試合連続のゴールを決めた。ただ、その前に「何でそこを外す」という場面があった。前半43分、札幌は自陣右サイドから田中駿汰が前線にロングパス。これを左サイドのチャナティップが、いわゆる「超絶」トラップでDFチアゴマルチンスを置き去りにした。ゴールへ突進し、飛び出したGK高丘陽平を引き付けて右サイドへ。完全にフリーとなったアンデルソンロペスは、無人のゴールにボールを送り込むだけでよかった。しかし、右足でプッシュされたボールは、なんとゴール右へ。チャナティップも、思わず天を仰ぐ信じ難いミスだった。

 確かにアンデルソンロペスは左利き。利き足でのシュートではなかった。これは過去の選手を見ても思うのだが、レフティーの選手は左足で抜群のボール扱いを見せるのだが、右足があまりうまくない選手が多い。これは右利きの選手が左足も、そこそこ使いこなすのとは大きな違いだ。

 攻撃的なチーム同士が攻め合った。そのなかで、後半に天野の技巧的な左足を見せてもらったこともあり、あの時のアンデルソンロペスのシュートが左足だったら…。そう思わせられる、久しぶりに楽しい試合だった。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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