アシストとゴールを共存させるアタッカー 三笘薫は日本のアンリになれる

ゼロックス杯サッカー 川崎―G大阪 前半、先制ゴールを決める川崎・三笘。GK東口=埼玉スタジアム

 ティエリ・アンリを覚えているだろうか。1998年に自国で開催されたW杯に出場し、3得点を挙げてフランスに初の優勝をもたらしたウインガーだ。ジネディーヌ・ジダンを中心に、エメ・ジャケ監督が採用した4-2-3-1というシステム。Jリーグを含めて現在でも世界的に主流のフォーメーション。その左翼に据えられたのがアンリだった。

 攻撃に出た時の形は3トップ。タッチライン際に張り出したエリアにポジションを取る両翼は、ゴール前にクロスを上げるそれまでの古典的ウイングからイメージを一新させた。従来はゴールライン近くまで縦に突破してセンタリングを上げるので、左サイドには左利きの選手を配するのが普通だった。しかし、この頃から左サイドには右利き、右サイドには左利きの選手を置くのがはやりだした。

 求められた役割は、カットインしての利き足でのシュート。イタリアのアレッサンドロ・デルピエロは、最もこの形を得意にした一人だ。それまでチャンスメークを主な役割としていたサイドプレーヤー。彼らには当然のようにゴールも求められるようになった。

 チャンスメーカーとしてのウインガーから、得点源へ。最も覚醒したのがアンリだった。モナコ時代にトップチームに引き上げてくれた恩師、アーセン・ベンゲル率いるアーセナルに移籍したアンリは、その後プレミアリーグで得点王を4度獲得。特に2002-03シーズンは24得点20アシストとチーム総得点85の半数以上に絡んだ。フランス代表でも歴代最多の51ゴールを記録する最高のストライカーに変貌した。

 左タッチライン際でスピードに乗ったドリブル突破を武器とする。縦に抜けて味方の得点をお膳立てしたかと思うと、ゴール前に切れ込んで自らシュートをたたき込む。プレーに多少のスタイルの違いこそあれ、アンリに重なる要素がかなりある日本選手がいる。川崎フロンターレの三笘薫だ。独力で相手DFを引きはがし、アシストとシュートの2本の杖を自在に使いこなす。

 ルーキーだった昨季、当初は「自分はゴールを取るタイプじゃない」と話していた。しかし、蓋を開けると新人最多記録に並ぶ13ゴールを挙げ、アシストはリーグトップの12。この数字は途中出場が多い起用法の中での記録だ、という事を記しておかなければならない。加えて天皇杯決勝でもガンバ大阪を破る、唯一のゴールを決めており勝負強さも抜群。1年が終わる頃には、相手から見ると「得点もアシストもできる、最もやっかいなドリブラー」としての地位を確立していた。

 静止状態から数歩で相手DFを置き去りにする爆発力。守備者の逆を取るドリブルのうまさとコース取り。足首の返しだけで強いパスを出せる右アウトサイドキックの技術。そしてターゲットを射ぬくシュートの正確性。そのプレーのすべてが、ゴールに直結しているところが最大の魅力だ。「いま日本代表で誰が見てみたい」。そう問われれば、三笘という声が圧倒的に多いのではないだろうか。

 サッカーの新シーズン到来を告げるスーパーカップ。2月20日に行われた川崎とガンバ大阪の試合は、劇的な結末だった。2-2からの後半アディショナルタイムに小林悠が、見事な決勝ゴールを奪い川崎が3-2で勝利を飾った。

 「去年はスーパーサブという使われ方も多くて、最後はスタメンでしたけど定着したわけではありません。スタメンで出たいという気持ちは持っているから、今年は一発目で結果を残したいと思っていました」。この試合でも試合を動かしたのは、こう話した三笘だった。

 前半29分に、左サイドの田中碧のキープに合わせペナルティーエリア内に侵入。横パスを受けるとワンタッチでコントロールしてゴールエリア左角から右足シュート。再三のファインセーブを見せていたGK東口順昭の上方を抜くシュートで、今季の公式戦第1号ゴールを記録。さらに3分後の32分には、右サイドの山根視来のシュートをファーポスト際でコースを変えて2点目。いとも簡単に連続ゴールを奪った。

 まるでゴールを陥れる奥義を身に付けたようだ。1点目はGKが倒れるまで微妙に蹴り足の振りのタイミングを遅れさせ、2点目は冷静にオフサイドに掛からないポジションで待ち構えていた。そのプレーから1年前に自身で語った「ゴールを取る選手ではない」の言葉は信じられない。

 ゴールよりアシストに魅力を感じていた右利きの左ウイングが、ストライカーに変貌するストーリー。日本にもその先達はいる「キングカズ」こと三浦知良だ。三笘には、そのカズを超えて欲しい。目標は高く世界のアンリ。コロナ禍の影響でどうなるかは分からない。しかし、既にスカウトの間ではリストアップもされているだろうし、通常だったら夏には欧州から声が掛かる。日本の未来に希望を抱かせる、そんな逸材だ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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