岩井澤健治監督『音楽』に映画賞を贈ります アニメ敬遠しがちな人にもおすすめ

映画『音楽』のポスター=2020年1月、新宿武蔵野館で筆者撮影

▼映画賞の季節になりました。筆者の私個人の映画賞は、2020年公開作品の中からアニメーション映画『音楽』(岩井澤健治監督、原作漫画:大橋裕之)に贈ります。未見の方にはぜひ見ていただきたい。アニメというだけで敬遠しがちな方、もったいないです。

▼本編冒頭から数分間、『音楽』は既にいい。この「間」を、この画を愛でる人が作っているなら、きっといい映画だと予感する。ゲーセンを兼ねた、ひなびたオートレストラン―。他校の生徒がする噂話の最中に現れた主人公・研二は、学ラン、スキンヘッド、ヒゲの不良学生だ。あれこれ言って脅えて逃げ去る他校の生徒たち、ポーカーフェイスの研二。オートレストランの外観全景に切り替わると、ひとりてくてく歩いて去っていく行く研二のシーンはたっぷり約20秒。そこへ「A Kenji Iwaisawa Film」。ベースの音が心地良く刻まれ、ドラムが加わる。歩き歩き歩く研二。例えば、北野映画が好きな方も、きっと気に入るのではないでしょうか。

▼何をするでもなく、楽器を触ったこともなく、ブラブラしている研二ら3人が、バンドをやろうと思いつき・・・という話。仲間の名を呼んで「バンド、やらないか」と言うまでに何秒使うの、研二。間、間、間。間が楽しい。衝動が連なっていく。4万枚を超す作画は全て手描きで、7年超かかった自主制作映画。背景は水彩画の優しさで、人物の速い動作はシャシャッとした線でブレを表し、漫画とアニメのあわいを味わう。さらにこの作品は、実際に撮影した映像をトレースしてアニメーション化する手法「ロトスコープ」を大半の場面で使っている。後半になると、明らかにそれと分かる場面が、あまりにも効果的にやってくる。

▼まさかの展開に笑わされ、カーブを走る研二を追走するカメラワークに昇天する。走ってコーナリングする人物を追走する画は筆者の大好物。最近ですと『TENET テネット』にも、銃を抱えてホール周りの廊下を走る3人を追うかっこいい場面がありました。『音楽』にはきっと、見る人それぞれのお気に入りカットが見つかります。そして、佳境のロックフェスは問答無用、控えめに言っても最上級の浮遊感、たぎり、スパーク。あー、岡村靖幸までもが声で出演してる。

▼昨年1月の封切り直後、満員の新宿武蔵野館(東京)で観賞、「なんかすんごいものに出合ってしまった」と街に出た。その後、不運にもコロナ禍が到来したにもかかわらず、『音楽』はロングランで4万人以上を動員した。自主映画でミニシアター中心の興行では素晴らしいヒット。しかし、もっとたくさんの人に見られてほしい作品です。Amazon prime videoで配信もされているし、昨年12月に発売された豪華版ブルーレイには、本編(71分)より長いメイキング『ドキュメントof「音楽」』(103分)が収録されている。ロトスコープのために研二らを演じ続けた俳優や、『音楽』の音楽をやったミュージシャン、アニメ制作未経験者が大半という作画スタッフの献身に、胸が熱くなる。

▼『音楽』は2019年、オタワ国際アニメーション映画祭長編部門グランプリ受賞作。今年4月に授賞式が開かれる米アカデミー賞の長編アニメ賞部門にエントリーしている。2月10日現在、オスカーノミネート前の最終候補であるショートリストはまだ発表されていない。ケンジの健闘を祈る。(敬称略)

(宮崎晃の『瀕死に効くエンタメ』第145回=共同通信記者)

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