大黒摩季、「ら」がダメでも「る」がある 発散くれる『獣道一直線!!!』『鬼滅の刃』

▼シンガー・ソングライター大黒摩季のライブツアー『MAKI OHGURO 2020 PHOENIX TOUR~待たせた分だけ100倍返しーっっ!!!』で、代表曲『ら・ら・ら』の大合唱は、「るるる」にして歌うならOKになったそうだ。観客はもちろんマスク着用だが、大声を出すとなると今はイベントを開催させてもらえない。そこで、監修を受けて「る」になった。飛沫も刃な時代とはいえ、100かゼロかではなく、間を取って楽しもうという対応に、ファンは心意気を感じているのではないだろうか。

▼「半沢ぁぁ!」「大和田ぁぁ!」の応酬が「はんざぅぅ!」「おおわづぅぅ!」になったら、呼気1リットリ中のストレスが激減してしまいそうだが、音楽にのって「るるる」ならば、ステージと客席、今ならではの一体感で、昂揚できそうだ。大黒は同僚の取材に語った。「隣の席は空けているので手を広げられる。工夫のしがいはある」

▼声を出しての発散が及ぼす作用がいかに大きいか、エンタメを見ていて改めて思い知る。『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』では、主人公の炭治郎が卑劣な鬼に向け、思いの丈を大声でぶちまける場面がある。その時、映画館で通路を挟んで筆者の隣にいた女性は、口にタオルを押し当て、上体を前後させ、ウンウン泣いていた。

▼生瀬勝久、池田成志、古田新太の「ねずみの三銃士」が企画した舞台公演『獣道一直線!!!』(作:宮藤官九郎)に至っては、コロナ禍に縮こまりがちでストレスがたまった客の気持ちを、女優池谷のぶえが根こそぎすくい取り、声を上げて壁にぶん投げてくれるような第1場。笑いとともに胸のすく思いがした。

▼子どもたちの運動会もまた、一つの舞台。行くと、「声での応援は控えて、拍手で応援をお願いします」とアナウンス。それでも、子どもたちは一喜一憂し、近くに人がいなければ「よっしゃぁあああ!」「ああー、もう!」と気持ちを吐きだす。「そうだそうだ、声出したいよな、声に出せばいい」と私は感じ入った。

 

▼コロナ禍以前から、大声で発散できる「場」は日常、近くに滅多にない。とりわけ都市部はそうだ。『タッチ』の浅倉南は上杉和也が事故死した時、声を上げ号泣したが、そこは高架下、電車が走り抜けていく間のことだった。どこかちょうどいい高さのビルの屋上が、出入り自由で、いつ行っても人影がなかったなら・・・。結局、お金を払ってカラオケボックスを目指すか、スポーツやライブに繰り出さなければ、場は見つからない。

▼やられたらやり返せばいいなら、半沢直樹を見なくても済む。やられてもないのにマウンティングしてくる、怒気をぶつけてくる行いはそこかしこで起きる。<狭い通路をすれ違わなければいけないのに譲り合う姿勢を一切見せない>なんて行いに遭うと、なんと小さなことで上位に立とうとしているのか、あまりの貧しさに気が遠くなる。あれこれ被害に遭ってもやり返さず、泣き寝入りや「大人の対応」で、ぐっと我慢している人が大半ではないだろうか。「なぜあなたは私をわざわざ不快にするのか」「抑圧するな、大迷惑だ」と声を上げるのは正当なことだが、支持してくれる人がいなければ、自身がモラハラ、ナニハラ? セキガハラ。その後を決されてしまう。その上、SNSで匿名の罵詈雑言という別局面まで存在する。ならば目立たぬように、レッテルを貼られぬように、摩擦を避けるようにと、神経をすり減らす。とっくに大人の私が、ともすればそうなりがちなのに、子どもたちは、いざ社会に出るとなると、個性が大事だ、自分の頭で考えてものを言え、と迫られる。

▼石井裕也監督の新作映画『生きちゃった』は、理不尽な目に遭い続け、大事なものを次々と失っているのに、腹に充満した感情を口に出すことができない男(仲野太賀)を映し出している。作品公式サイトに石井監督のインタビューが載っている。読んでから映画を見ても、映画を見てから読んでもいい。声を出しての発散より、もひとつ、ふたつ、深いところへといざなう、問い掛けがある。(敬称略)

(宮崎晃の『瀕死に効くエンタメ』第142回=共同通信記者)

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★『MAKI OHGURO 2020 PHOENIX TOUR〜待たせた分だけ100倍返しーっっ!!!』の今後の公演は、11月17日北海道・札幌文化芸術劇場hitaru、19日北海道・旭川市民文化会館、27日東京・LINE CUBE SHIBUYA、12月9日大阪・フェスティバルホール、11日岡山・岡山市民会館、18日神奈川・パシフィコ横浜 国立大ホール

★舞台『獣道一直線!!!』の今後の公演は、11月13~15日北海道・カナモトホール(札幌市民ホール)、19~23日京都・ロームシアター京都、27~29日福岡・久留米シティプラザ ザ・グランドホール、12月3~6日高知・高知県立県民文化ホール、11~13日沖縄・アイム・ユニバース てだこホール

★映画『生きちゃった』は全国順次公開中

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