「サッカーコラム」7試合ぶりの勝利に選手が見せた涙 ひたむきに美しく勝ったJ1湘南

柏に競り勝ち、感極まる湘南・岡本(左)と笑顔の金子(中央)、舘=BMWスタジアム

 これ、リーグ戦だよね―。自分自身にそう問いかけてしまった。目にしている光景は、まさに「負けたら終わり」のトーナメントで見られるものだった。プロ、しかも日本のトップカテゴリーでプレーする選手がシーズン途中にもかかわらず、試合後に涙を流しているのだ。

 チームの置かれた状況を見れば、その涙に共感できなくもない。思い入れがより強いサポーターならば、なおさらだろう。

 前節まで21試合を消化し2勝3分け16敗で勝ち点はわずか9しかない。J1湘南は最下位に沈んでいた。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、今シーズンは降格のないレギュレーションと変更されている。そうであっても、選手たちからすれば悩み多き日々が続いていたはずだ。

 前節まで6連敗。文字通り、低迷している。だが、手応えが全くないわけではなかった。今季圧倒的な強さを誇る川崎の試合も含め5試合連続で1点差ゲームの接戦を演じている。守備は健闘している。しかし、どういうわけか得点が奪えない。5試合で挙げたゴールがわずか1点では、勝ち点を積み上げることは難しい。

 柏をホームに迎えた10月18日のJ1第18節。立ち上がりは順調だった。開始4分に右スローインから展開で茨田陽生のダイレクトパスを岡本拓也がゴールライン際で受けた。顔の向きを利用したフェイントを入れたことで相手GKが戸惑った。センタリングを想定した反応を見せたキム・スンギュのモーションの逆を突き、ニアポスト際を打ち抜いたのだ。

 「中を見たら人がいなかったので、もうシュートを打とうと決めていました」

 キャプテンを務める岡本の一発で先制点を奪った。幸先の良いスタートだ。

 その喜びはつかの間だった。前半22分には右CKから柏の“怪人”オルンガにあっさりと同点にされた。さらにと、後半開始から間もない8分には、DF舘幸希が不用意なプレーでオルンガにボールを奪われ、柏MF神谷優太に逆転ゴールを許してしまった。

 頑張っていることは伝わってくる。それでも、決定的な攻撃のチャンスを作り出せない。後半17分、変化に乏しかった湘南の攻撃リズムが改善された。2列目に松田天馬と齊藤未月を同時に投入したのだ。2人が入ったことにより、それまで相手陣内で目立ったボールロストが減り、攻撃に継続性が生まれた。

 中盤でボールをキープする余裕が生まれれば、両ウイングバックの攻め上がる時間も生まれる。右の岡本、初先発となった19歳の畑大雅がライン際を飛び出す回数が増えてくる。

 そして、待望のゴールが生まれる。後半33分に岡本が放ったクロスをタリクが頭で落とす。それを松田が鮮やかな左足ボレーでゴール右に突き刺したのだ。

 一つのプレーが試合の流れを変えることがあるが、松田の一振りはまさにそれだった。

 「松田選手(の得点)で同点に追いついて、まだまだ行けると勢いがついた」

 こう語るのは、今シーズン湘南に12年ぶりに復帰した石原直樹だ。チーム最年長となる36歳のベテランは3分後の後半36分、再び右サイドを松田が突破するのを確認すると、ニアに走り込んだタリクの作ったスペースにタイミングよく入り込み、クロスに合わせ鮮やかなダイビングヘッド。決勝点を奪った。

 「岡本選手が良いクロスを上げてくれたので僕は落ち着いて決めるだけでした」

 今期3勝目に多くの選手が興奮を隠せないなか、淡々と事実を振り返る。そのクールな姿は仕事人と呼ぶにふさわしいだろう。湘南でプロデビューを果たした後、大宮や広島、浦和、仙台とJ1の4クラブを渡り歩いた。広島時代には2度のJ1王者にも名を連ねている。

 さらに、この日はJ1出場300試合という節目だった。ちなみにデビューからの6シーズン、湘南でプレーしたJ2での出場も加えれば443試合に出場している。

 最後は、高いレベルでプレーした経験を持つベテラン・ストライカーが決めてくれた。しかし、主役は違った。試合のマン・オブ・ザ・マッチに選ばれたのは、先制点を含めた全3得点に絡んだ岡本だった。試合後に人目をはばからず男泣きをしていたキャプテンは、勝てないことに人一倍責任を感じていたはずだ。

 ところが、試合後の会見で本人は「泣いていません」と笑いながら否定した。誰にでもバレるうそだ。それでも、許されることは時にある。

 自らのミスで相手に2点目を献上した舘。彼も試合後にユニホームで涙を隠していた。もし敗戦したら、自分の責任と考えたのだろう。その重いプレッシャーから解放された安堵(あんど)感が涙腺を緩ませた。

 確かに失点につながるミスはした。一方で失点の場面を救った。ロスタイムに入った後半46分、GK谷晃生が釣り出されて柏FWクリスティアーノに放たれたループシュートは確実に1点ものだった。それをスーパークリアで弾き出したのは、他ならぬ舘だった。

 先制し、逆転されたもののひっくり返した。はらはらさせる展開で、試合にはドラマ性があった。確かに最高級のレベルではなかったかもしれない。ただ、湘南が7試合ぶりに上げた勝利は間違いなく見る者の共感を誘った。

 ひたむきな選手たちだけにしか伝えられないスポーツの感動。この試合にはスポーツの持つ純粋な美しさが含まれていた。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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