『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』岸田奈美著 希望に味がするのなら

 noteやTwitterで話題の文筆家・岸田奈美。自身初となる単行本は、家族にまつわるエッセーだ。主な登場人物は4人。車いすユーザーの母、ダウン症で知的障害のある弟、ベンチャー起業家で急逝した父、そして「わたし」。いろんなことが起きた一家のこれまでを、ギャグ満載の強烈な筆致で描いている。

 弟が万引きを疑われた日のこと、櫻井翔に会ったら足がつった日のこと、すごいブラジャーを買った日のこと、真夏の甲子園球場でホットコーヒーを売った日のこと、ミャンマーで母が拉致された(?)日のこと、お父さんが死んじゃった日のこと、お母さんが生死の淵を彷徨った日のこと、一命は取り留めたけど歩けなくなったお母さんに「死にたい」と泣きながら言われた日のこと、それに対して「死んでもいいよ」、でも「二億パーセント、大丈夫!」と言ったこと……。

 家族に起きたビッグニュースを箇条書きにしたら「苦難の連続」とかって形容されかねない。が、明るいのだ。明るくて悲しくて、力強くて繊細で、真剣とゆるふわが、冗談と本気が、全部一緒くたになっている。使い古された5文字では到底片付けられない、いろんな味を一度に食べるような経験だ。

 エッセーの根底には岸田が持つ、自分でどうにかできることと、どうにもできないことを見極める動物的勘と、その「どうにかできる」領域の中で、見よう見まねでもやり切るバイタリティーが流れているように思う。野生児みたいなその行動力は、かつて「死にたい」と言った母を徐々に変えていくのだ。

 「また家族で、沖縄に行きたいな」。家族旅行の定番だった沖縄に行きたいと言った、リハビリ真っ只中の母。その言葉を聞き逃さなかった、高校生の「わたし」。不可能だと思っていたそれは多くの人の力を借りて、長い入院生活を終えた一年後に実現した。「死にたい」と言った母は、その後自分で自動車を運転できるようになり、その車の運転席に座ったまま、後部座席に車いすを投げ入れられる腕力ゴリラになり、「絶世の聞き上手」という特技を生かして猛勉強の末に心理セラピストとなり、さらには話し上手にもなって年間180以上の講演をしている。

 「あきらめていた『できない』『行けない』が、『できる』『行ける』へと、オセロのようにひっくり返って」いく。その鮮やかな逆転劇の根底には、人生を笑い飛ばそうと決めた「わたし」の覚悟が流れているようだ。

いろんな味を一度に食べる、なんて形容したらいいかわからない一冊。ただ言えるのは、希望に味がするのなら、こんな感じかな?ってこと。読めて嬉しい。ありがとう!

(小学館 1300円+税)=アリー・マントワネット

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