『木更津くんの××が見たい(1)(2)』萩原ケイク著 エロ漫画の皮を被った

 アラフォー独身彼氏なしという個人情報が、どうやら漏洩しているようだ。

 というのも、なんで昨今のインターネッツは、私の閲覧履歴から興味ありそうな広告を「こんなん出ましたけど〜」って合間合間にブチ込んでくるのかね。「沖縄県の賃貸情報」はいいですよ、「トゥモローランドのセール商品一覧」もありがたい、でもさ、一体いつ誰が「小柄で気弱なGカップが、非番に野獣と化すイケメンお巡りさんに犯され…じゃなくて愛されまくるエッチで可愛いラブストーリー」を求めたっつうの。こんなん出さんでよろし。白ヘビしまいなはれ。

 と言いつつも、なーんか気になるエロ漫画というのが、この世には存在していましてね。ネット上でふと目に留まり、好奇心に抗えずポチッとしてしまったのが本書というわけ。

 主人公の前橋旭は35歳女性、バツイチ。新卒で入社した大手企業で管理職として働いている。前夫とはセックスが原因で離婚し、その後出会った男たちもことごとく道半ばで力尽きられ(平たく言うと「途中でフニャ」)、以来女性としての自信をすっかり失ってしまった。「もうセックスはしたくない」散々自尊心を傷付けられ、絶望の淵で彼女は思い至る。もうしたくはないけど、でも「私に興奮して男の人がイッちゃうとこ」は見たい、つまり「私、男の人のオナニーしてるとこが見たい!!!」と。

 その頃、取引先の29歳Webディレクター木更津は、遠い昔のコンプレックスと拗らせた初恋を後生大事に抱えていた。ひょんなことから二人で飲むことになった旭と木更津は、酔った勢いでした打ち明け話で、互いの需要と供給の一致を知る。つまり木更津は「(ほぼ童貞がバレるから)セックスはしたくないけどオナニーは見て欲しい」というのだ。変態と変態、未知との遭遇ここにあり、です。互いの傷ついた過去に上書きをするように、逢瀬を重ねる二人。それは一見奇妙な、「体だけの関係」のはずだった……。

 ぱっと見エロ、蓋を開けてもまぁエロだけど、欲望の先にある心の機微を丁寧に描いているところが、ただのエロとは一線を画している。相手の反応が怖くて、最中に目を開けられなかった旭が、まっすぐ木更津を見つめるシーンなんて、読んでて心が震えた。なにこれ熱い。目頭熱い。そう、これはエロ漫画の皮を被った、自分との、そして相手との対峙の物語だ。

 旭と木更津の、心と体の間にある理屈で説明できない衝動を表現している一方で、職場でのシビアな状況をこれでもかと描いているのも大きな魅力。そのコントラストが物語に説得力を持たせているのだ。心の充足という、ごく個人的な測ることのできない数値と、キャリアを重ね利益を出すという、社会の中で生み出す逃げも隠れもできない数値。そのふたつに引き裂かれ、時に涙を流しながらも幸せを恐れない旭の強さが眩しい。

 Web広告侮り難し、だったらそろそろ気の合うメンズの広告出しなはれと思いつつも、旭と木更津、二人が最後にどんな景色を見るのかが楽しみで仕方がない。人の心配してる場合ではない。

(小学館クリエイティブ 各680円+税)=アリー・マントワネット

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