『いきなり本読み!』第1~3弾それなりまとめ 本多劇場進出記念

第3弾『いきなり本読み!』第1夜出演者(下)と第2夜出演者=東京・下北沢の本多劇場(撮影:平岩と坂本)

▼岩井秀人(劇団ハイバイ主宰)プロデュースの演劇新形態『いきなり本読み!』の第3弾が8月の頭に行われた。第1弾は当欄で3月に紹介したが、回を重ねてどこまできたのか、Wikipedia的にご紹介します。第3弾の収録映像は8月中旬にも有料配信されるそうなので、何も知らずに映像をご覧になりたい方は、まだ読まずにおかれてください。

▼『いきなり本読み!』とは

「出来上がった舞台より、稽古場のほうが面白い。だったら、1日だけ俳優を集めて、客前で初見の台本読みをしてみよう」。岩井の発案で今年2、3月に東京・浅草の東洋館で第1、2弾が行われた。毎回、岩井が過去に書いて上演した脚本を使い、司会進行・演出を務める。脚本は舞台上でキャストが着席してから配布。読むのは第1場からとは限らないし、同じ場を繰り返す、配役を変えて繰り返す、配役を変えて次の場へ進むなど進行はさまざま。台本は舞台奥のスクリーンに映し出されていく。「いつかはパルコ劇場や本多劇場でやりたい」と岩井は言った。小耳に挟んだ本多劇場側が「ぜひ」と応じ、8月1、2日に早くも実現。この第3弾は、第1、2夜とも使う台本は同じだが、キャストは全員異なる。

▼各回のキャストと脚本

・第1弾…皆川猿時、岸井ゆきの、今井隆文、後藤剛範、神木隆之介。脚本『おとこたち』第14場から開始。

・第2弾…浅野和之、猪股俊明、大原櫻子、菅原永二、平田敦子。脚本『ヒッキー・カンクーントルネード』。第3場から開始。

・第3弾第1夜…ユースケ・サンタマリア、松本穂香、橋本さとし。脚本『ゴッチン』第1場から開始。

・第3弾第2夜…荒川良々、黒木華、古舘寛治。脚本『ゴッチン』第1場から開始。

▼第3弾第1夜 座組みの妙

 とびきりダイナミックな回となった。ユースケと橋本が以前から岩井と知己であるだけでなく、ツッコミ体質なため、舞台上で唯一、脚本を知り尽くし、世界観をつかさどっている岩井にもつっこみ、互いの立場が固定しないのがいい。例えば、第1場を2度読んだところで岩井が「だいぶ今のでそれぞれのキャラクターが見えてきたと思います」と言うと、ユースケは「見えてこねーよ!」と容赦ない。ところが、そのユースケが後に母親役を読んだ時の温度と柔らかさといったらなく、客席はピタッと黙り「耳野郎」(『愛の不時着』のやつ)のごとく聴き入った。このギャップ。系譜を作るなら前世代に高田純次を彷彿させ、言葉に気持ちをのせない軽薄さを魅力に持ちながら、体の芯から出るようなぬくもりを聞かせられてはたまらない。意外性は役者の色っぽさにも通ず。ちなみに第3弾はキャスト数を3人に絞る一方、登場人物は7人。1人が複数の役を読み進まねばならないアタフタ感もまた、やがて躍動につながっていった。

▼松本穂香

 岩井が「何の面識もないので、一か八かオファーしてみました」「なんで受けてくれたのか分からない」という松本穂香。筆者の私の期待を斜め上へと越えていった。本読みで最初に発声した瞬間、客席から吸い寄せられそうな感覚。短いセリフにも色合いがある。さらに、小学生「いけけん」役を読む際、岩井の「ずっと前歯が出てる感じで」というアドリブ演出が、初対面でかしこまり気味だった松本を解放した。するともう、松本にいけけん役が回ってくるたび、出演者も客も「オリジナル前歯キャスト」として松本に敬愛の情を寄せ、笑わされていった。終盤になると、岩井は「松本さん一人で(全部)できるんじゃないですか」。観客が何人もうなずくに至った。

▼大原櫻子

 第2弾出演の大原櫻子もまた声の良さ、ニュアンスの豊かさで魅了した。台本で「あ、うん」「フフ」といったごく短いうなずきや笑いの箇所こそ、見ている私はいつも、興醒めする読み方になりませんように、と緊張して聴き入る。その点、杞憂に終わり「大原さんの笑い方、異常にナチュラルですね」と岩井をうならせるほどだった。また、『ヒッキー』第4場で、引きこもりである青年の妹役を読んだ際のチェンジ・オブ・ペースの素晴らしさも特筆ものであった。毎回、女性の本読みに感じ入ることしきり。

▼せりふ覚え

 余談だが、第2弾出演の浅野和之が「女性でせりふ覚えが悪い人を見たことがない」と言い、多くの人が「へぇ」ボタンを押した。もっと余談だが、『いきなり本読み!』では、せりふ覚えの話題になると、毎度ナカダイ・タツヤの話になりがちである。

▼噴火

 時を戻そう。第3弾終盤、ある役人物に長ゼリフがあった。ページをめくりながら読むキャストは当然、どのぐらい長く続くのか、役の感情がどこでどう変化していくのか知らずに進む。それを最初に担ったユースケの読みに泣かされそうになった。「(台本の展開を)知らずに入ると(長ゼリフは)息足りないね」と言うユースケに、「初めてに思えない。(台本をこの舞台上で)読んできたのが積み重なったから(できた)?」と岩井。「前に岩井君の芝居で(長ゼリフ)やったことあるから、免疫がちょっとあった」とユースケ。岩井作品には、登場人物が我慢して抑えて抑えて抑えてきた苦々しい本音を、こらえ切れず噴火させる時がある。<私のこの悔しさが惨めさがアンタに分かるか、分からないだろ!分からないんだよアンタには!>といった爆発である。我慢の反動で一気に一方的に本音をぶちまけるその場面は、ハタから見ていると笑ってしまう要素も岩井が巧みに含ませている。しかし、長ゼリフを聴かされるうちに、不覚にも揺られてうねり、スロッシング現象よろしく涙があふれ出てくる。

▼噴火の続き

 ユースケが噴火を演じた熱が充満した直後だというのに、次に岩井は松本にも同じ噴火場面をやらせることに。それは酷というものだ、でも私も松本さんの噴火も見たい。「さん」付けしちゃったよ。ともかく、場面は繰り返されたのだ。そして、ユースケ版とはまた印象が違う、松本版をやり切ってみせた。この場面、翌日の第2夜では荒川良々が受け持ち、とんでもないレベルであった。言葉が転ぼうが先走る感情の火砕流が止まらないリアル。本当に笑いながら泣かされてしまった。もしかしてだけど、荒川は、セリフがスクリーンに映し出されていることを逆手に取って、あそこまで言葉を転ばさせたのか。聞き取れなくても観客がストレスを感じないことまで踏まえて・・・。

▼別の噴火

 噴火は第2弾『ヒッキー・カンクーントルネード』第4場にもあった。引きこもり青年の母の噴火である。息子がこのままどうなっちゃうのかいつも心配で、だからって娘のことを放ったらしにしたつもりはないし、「いなげや」ばっかり行ってるわけじゃないわよ、ていうか友達が軽井沢のホテルがすごくいいって言うから、すっごくいいって言うから、みんなで行こうと思ったのに、といった長ゼリフ。ハイバイ作品に出演多数の菅原永二がこの母親役を読み、私は腹筋ちぎれ気味に笑わされながら、やはり視界がぼやけた。俳優たちの力はもちろんのこと、せりふの力を改めて思い知る。こんな脚本を岩井はすべて小金井のデニーズで書いてきたとは、ったくデニーズよ、ありがとう。

【ここでいったん駆け足列挙】

▼岩井はこの企画において「2回読むとだいたい、皆さんできちゃうんだよな」と言うことになる。

▼松本穂香や大原櫻子を好例に、この企画を見ていると「誰でも最初からこのぐらいできるものなのかも」と思いがちだが、誤解のようです。

▼第3弾で岩井は、黒木華や荒川良々が読んで広がる世界観に感嘆。「ああ、そうだったんですねって。(自分が)書いたんだけど改めて知らされている」「(俳優って)何してるんすかね」と言うに至った。

▼初見のため、「技」を「エダ」と読む(第2弾大原櫻子)など、毎回、「誤読」が発生するのも一興。

▼誤読などの不時着を、岩井は「採用」して台本をアレンジしがち。第3弾第1夜での橋本さとしの語尾「とさ」ニュアンス違いハプニングは、第2夜にまで生かされ、それぞれ他のキャストがアドリブで受けた。

▼なんだかんだワイワイ言いながらも、演出家から指示されたことをいちいち素直にやってみる楽団員のような俳優たちがいとおしくなる。

▼柔らかな揉め師として期待された古館寛治は結局、岩井と揉めなかった。

▼第3弾で初めて、少し効果音が使われた。岩井が手元のパソコンでやってみたかったため。

▼終盤は、岩井が『いきなり本読み!』であることを忘れてしまったかのように微に入り細に入りの演出をしがち。

▼『いきなり本読み!』は、特典映像の「メイキング」の冒頭部分だけをショウにしたような本末転倒感がある。

▼通常の商業演劇が、劇場やキャストを2、3年前から押さえ、稽古を本番前に1カ月間行うのに対し、『いきなり本読み!』は2週間前ぐらいに準備して、稽古不要。各座組み1回限りの出来事。図らずもコロナ禍に適応度が高い企画である。第3弾の本多劇場は客席3つに客1人、及びパーティション付き。岩井は「ビジネスクラスですね。こっちから見てると羨ましい」。

▼『いきなり本読み!』はそもそも、岩井が「舞台って何度も同じことをやっていると飽きてしまう」「舞台で自分が何をやっているのか分からなくなってくる。80回とかやったら、おかしくなってくる。精神的、肉体的に。経済的にだけはいいけれど。俳優さんって内側で確実に疲れている」「本番では整ってしまっていて、稽古でどれだけ苦労したかが埋もれて見えない」といったことを大っぴらに言って始めた企画である。『いきなり本読み!』に出演する俳優が、通常の演劇を「飽きる」と言っている訳ではない。が、「確かに自動的にせりふを言ってるような時ってある」など岩井と似た感覚を経験したことがある人はいる。岩井いわく「いきなり本読みは、<その場で何とかしてみる><相手との関係でやってみる>のが演劇的で面白い」。

【あと幾つか少々丁寧に】

▼性別や年齢に自分を寄せない

 岩井が毎回口にしている事柄。岩井作品では性別関係なしの配役がよく行われてきた。『夫婦』で母役を演じた山内圭哉はカツラはかぶっても、アゴ髭はそのままだった。『いきなり本読み!』で岩井は「いい俳優の条件に<年齢と性別がよく分からない>というのがあると思っている」(第1弾振り返りイベント)、「お母さんはお母さん感全くない感じでやって」「年齢とか性別を意識しないのが大切だと思います」(第2弾)、「おばちゃんって男がやった方がいい。男がやると笑える。女がやると意外と笑えない」「性別ってどっかのタイミングですっ飛ぶ気がしてて。お母さんってことより、この人がどう優しさを行使するか」(第3弾第1夜)などと発言している。

▼役人物が見えてくる

 「いろんな人が演じることで、意外にも役人物が見えてくる」。これも毎回岩井が口にしている事柄。東宝ミュージカルなどでよくWキャスト、トリプルキャストが行われているほか、何度も上演される古典作品、ドラマなら『水戸黄門』など、一つの役をいろんな人が演じることは幾らでもある。ただ、『いきなり本読み!』の場合、2時間半の間に一気に体感する。高速で行う輪投げを見ているようだ。入れ代わり立ち代わり、それぞれの投げ方で同じ的を狙う。いい俳優は的を外さないが、輪の重なり方はいびつ。いびつな分だけ役の人物像は膨らみ、全ての輪が交わった狭いところが役人物の芯といえるだろうか。

▼バランス変化

 『いきなり本読み!』の最大の魅力は、各俳優の中で、俳優自身と役人物のバランスが変わりゆくさまを目撃できることだろうか。何を読まされるか分からない俳優が舞台に出てきて、だんだんと役人物成分が増えていくものの、探り探り進んでいるため、俳優自身が無意識に発する温度や風のようなものを、観客は通常の演劇よりも感知する。上述したように、母親役をやった時のユースケが一例である。同じく第3弾第1夜出演の橋本さとしについて、事前に岩井は「名だたる舞台を渡り歩いた、百戦錬磨の『ザ・俳優』。ただ、稽古場でのさとしさんは、ちょっと違います。たんぽぽみたいな人です。その『たんぽぽ兄貴』が、どのようにジャンバルジャンにたどり着くのか」とコメントしていた。「たんぽぽ兄貴」とはこれいかに、と私はハテナであったが、本読みで、確かにたんぽぽぶりを感知し、受粉してしまった気さえする。

▼嫉妬

 第3弾第1夜の終わりに、岩井が観客に向かって言った一言を最後に紹介します。

 「こんな感じで演劇を作っておりまして、すごく楽しく暮らしています」。(敬称略)

(宮崎晃の『瀕死に効くエンタメ』第139回=共同通信記者)

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