「サッカーコラム」アイデアは得点に結び付いてこそ J1柏のオルンガが教えてくれること

名古屋―柏 後半、決勝ゴールを決める柏・オルンガ(左)=豊田

 何の疑いを抱かれることもなくまかり通っている「常識」がどの業界でもある。だが、他の業界の人がそれを見ると奇妙に感じてしまうものが多いのも事実だ。

 外出を控えることが多くなったこの時期、それまで興味がなかった人がサッカーを見る機会も増えているのかもしれない。そのような人たちからすると、試合中継で解説者などがしばしば口にするこの言葉はかなり奇異に聞こえるのではないだろうか。

 「今日のフォーメーションは、ディフェンスが4枚、中盤が3枚、フォワードが3枚の4―3―3ですね」

 サッカーファンならば、違和感なく聞き流すに違いない。一方、サッカー初心者の人は疑問に思うだろう。人間なのにどうして「人」ではなく「枚」を使うのだろうかと―。

 サッカー界では監督や解説者、そして言葉を生業にしているアナウンサーさえも当たり前のように発する「枚」という言葉。しかし、その起源を知って使っている人はどのくらいいるのだろうか。確かにこの「枚」は、選手の数を表す言葉ではある。

 しかし、使う場面は限られている。結論を言えば、サッカーのフォーメーションでポジションごとの人数を表すときに使うのは正確に言えば間違いなのだ。

 「枚」に人数の意味を付け加えたのは、バレーボールの名伯楽である松平康隆さんとされる。1972年ミュンヘン五輪で日本代表男子を金メダルに導いた監督だ。松平さんはブロックに入る人数を指示する時に「2枚」「3枚」と表現したという。

 ブロックは戸板を立ててボールをはじき返すようなものだから、薄く平らなものを数える際に用いる「枚」がしっくりとくる。とはいえ、バレーボールでも「コートに立つ選手の数は6枚」などとは言わないだろう。

 「枚」がしっくりくる場面もある。それは「交代カードを2枚切る」とか、FKで「壁に5枚入る」という使う場合だ。まあ、言葉は時代とともに変化していくものだから目くじらを立てる必要はない。それでも、起源を知っておいて損はない。

 話が脱線した。8月1日に行われたJ1第8節で印象に残る試合があった。名古屋と柏の一戦だ。名古屋はチーム内に新型コロナウイルスの感染者が出たことで前節の試合が延期となった。それでも、今季はまだ負けなし。しかも第4節から第6節までは3戦連続で完封している。イタリア人のフィッカデンティ監督が率いているだけあって手堅い。

 対する柏はリーグ再開後こそ3連敗と低調だったが、それ以降は3連勝。しかも連勝中は12ゴールを奪うなど攻撃力はピカイチだ。

 90分間を通して見れば、決して楽しいものではなかった。「攻撃のチャンスもうまく作れずに拮抗(きっこう)していた」。柏のネルシーニョ監督も試合後の会見でそう話したように、いわゆる堅い試合だった。それでも、この試合で生まれた唯一のゴールは見応えがあった。パスの出し手と受け手が、それぞれの特徴を熟知しいるからこそ生まれた最高のコンビプレーだったからだ。

 後半26分、柏がボールをつなぐ。右サイドで縦パスを受けた江坂任がターンをして前を向いた瞬間に探したのが、相棒のオルンガだ。トレーニングを繰り返しているから分かるのだろう。ケニア人ストライカーは、江坂が顔を上げた時にはすでに走り始めていた。

 この時、名古屋の最終ラインに乱れが生じていた。DF中谷進之介の背後を取ったオルンガはゴール前のスペースへ。そこに江坂からピンポイントの浮き球が送られる。

 シュートコースを狭めるためにGKランゲラックがオルンガとの距離を詰める。タイミングも良く、シューターにプレッシャーをかけるには十分だった。しかし、オルンガのアイデアがそれを上回った。利き足である左足の裏でボールを捉えたオルンガは、GKのタイミングを外すようにボールをゴールに送り込んだ。

 上げたつま先と地面で形作る三角形のなかにボールを収める。浮き球をコントロールする際に使うテクニックだ。日本でもできる選手は多いが、シュートを打つというアイデアが浮かぶ選手はそうはいないだろう。日本人選手は「目的を達成するためにどの技術を選択するか」を優先して考えがちだ。対する、オルンガは「この技術で目的を達成するにはどうすればいいのか」に重きを置いている。結果、シュートの技術と繰り出すタイミングが多彩になる。

 仮定の話になるが、日本人選手が同じ場面に遭遇したらトラップを選択してシュートチャンスを逸していたのではないだろうか。

 オルンガは驚くべき得点力を誇る。出場8試合で26本のシュートを放ち9得点。特に直近の4試合では7得点を挙げている。今季全体のシュート決定率は3割4分6厘。野球でも首位打者を争えるほどだが、野球に比べて得点がぐっと少ないサッカーではすさまじい成績と言える。

 ここ数年、Jリーグを見ていて驚くことは少なくなった。だが、193センチのオルンガには正直びっくりさせられた。同時に、G大阪などで活躍したカメルーン代表のエムボマに共通するスケールの大きさを感じる。

 今回もリモートマッチでの観戦だった。それだけに、1試合でも早くスタジアムでそのプレーを見てみたい。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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