「サッカーコラム」FC東京・森重が再認識させるロングパスの大切さ サッカーには多種多様なパスがある

7月8日に行われたJ1第3節・川崎戦の前半でレアンドロダミアン(右)と激しく競り合う森重=味スタ

 2018年からオランダ代表の監督を務めているのがロナルド・クーマンが現役時代だったとき、驚かされたことがあった。キックの正確性だ。実際に目にした瞬間、鳥肌が立った。場所は旧国立競技場。1988年12月10日のことだった。

 クーマンはトヨタカップに出場するため東京にいたのだ。現在のクラブワールドカップ(W杯)の前身にあたる大会は、欧州チャンピオンズカップ(現在の欧州チャンピオンズリーグ)と南米のリベルタドーレス杯を制したチームによる一発勝負で行われていた。

 試合前日、練習を切り上げた欧州王者・PSVアイントホーフェン(オランダ)の選手たちが後片付けを行っていた。そんなときに、タッチラインとハーフウエーラインのちょうど交わるところにいた用具係がゴールエリアのなかにいた選手に声を掛けた。それがクーマンだった。

 用具係は、手に持っていたボールを入れる袋の口を広げた。直径は1メートルくらいだろう。クーマンとは50メートル以上も離れている。その距離を、すごい弾道のボールが飛んでくる。しかし、用具係が袋を動かすことはない。クーマンの蹴ったボールは、見事なまでに袋の中へ回収されていった。

 正確なキックとは、それだけで芸術だ。そして、インステップキックでこれだけの精度を誇るロングキックを見せる選手にはお目にかかれない。実際に見た選手でクーマンに並ぶインステップキックを持っていたのは、リバプール(イングランド)のレジェンドであるスティーブン・ジェラードぐらいだろう。

 右足への絶対的な信頼。FKのスペシャリストとして、クーマンはFCバルセロナ時代の192試合で67ゴールを挙げている。若い人は、「メッシに比べれば」と思っているかもしれないが、彼のポジションはDFのリベロだ。にもかかわらず、プロ通算は535試合で193ゴールを上げている。ちなみに、J1最多得点を誇る大久保嘉人(J2東京V)は448試合で185ゴールだ。クーマンがいかにすごいかがよく分かる。ゴール数もそうだが、最終ラインから放つロングパスで、自軍の攻撃陣を操る様は見事だった。彼のプレーを見ていると、サッカーがとても簡単に思えたものだった。

 近年、ボールをつなぐことを美徳とする見方が支配的になっている。影響から、育成年代の指導者の中には根拠がないままにロングパスを「悪」と見なす人が増えてきている。現役では中村俊輔(J1・横浜FC)や遠藤保仁(同G大阪)、小野伸二(J2・琉球)という一撃必殺のパスを操れる選手がいる。だが、彼らも年齢を重ねフル出場とはいかなくなってきた。そして彼らと同じ「サッカー種族」に属していた小笠原満男(J1鹿島など)はピッチを去った。Jリーグから、ロングパスという得点に直結する「魔法のつえ」の使い手がどんどん減っている。彼らに共通するのは、一人で試合を決められる絶対的なエースということ。加えて、全員が高校サッカー育ちなのだ。

 7月18日のJ1第5節、FC東京対浦和でクーマンと同じにおいのするセンターバックが日本にいたことが改めて思い出した。FC東京の森重真人だ。中学年代まではJ1広島の下部組織に所属していた森重は高校では広島皆実へ進んだ。

 「近視的」な選手が増殖するなかで、森重はまず最も相手ゴールに近い味方を見るのだろう。視野が広い。この試合でも森重のパスには意図が感じられた。前半35分、左サイドを持ち上がって前線への永井謙佑へのスルーパス。永井はボールを失った。それでも、ペナルティーエリア内に直接届けるパスは、相手にとっては十分に危険と感じたはずだ。

 「自由の人」を意味するリベロという名の通り、森重は攻守両面で躍動した。前半45分、そのロングパスがゴールに直結した。センターサークル左にいた森重の右足から、クーマンをほうふつとさせるような低い軌道のパスが放たれる。こんなボールを出されたら、どんなに堅い守備も役に立たない。

 この日、何度も右サイドを献身的に攻め上がった右サイドバックの室谷成がピンポイントパスをフリーで受ける。次の瞬間、カーブするクロスを送った。これには浦和の名手GK西川周作も珍しく目測を誤った。すり抜けたボールは、待ち構えたディエゴオリベイラの胸に当たり、待望の先制点となった。

 この試合では、もう一つすごいゴールが生まれた。後半21分にアダイウトンが決めた追加点は、間違いなくシーズンのベストゴール候補だ。

 しかし、個人的には先制点が印象に強く残る。攻めのスイッチを入れて、森重のパスから室谷のトラップとドリブルも入れて、ディエゴオリベイラのシュートまでわずか5タッチ。それでも美しいゴールは生まれる。正確なロングパスができなければ生まれない、単純だからこそ、難度の高いゴール。簡単なサッカーこそ技術の精度が求められるのだ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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