モータースポーツは「止まったら死ぬ」 新型コロナの一日も早い終息を願う

F1開幕戦オーストラリアGPの中止を受けてインタビューに応じるレッドブル・ホンダのクリスチャン・ホーナー代表(C)Red Bull CONTENT POOL

 新型コロナウイルスの感染拡大による混乱が世界各地で起きている。影響はモータースポーツの世界にも及んだ。F1開幕戦のオーストラリアグランプリ(GP)やインディカー・シリーズの開幕戦セントピーターズバーグが中止になったほか、世界ラリー選手権(WRC)は4月下旬に開催予定だったラリー・アルゼンチンの延期を決定した。

 経済活動も終息の見込みが立たない新型コロナウイルスに苦しんでいる。例えば、日本国内で主に活動するクラシック演奏家が所属する事務所や音楽ホールなど約90団体でつくる日本クラシック音楽事業協会は国のイベント自粛要請で740公演が中止や延期となり、中止公演の損害額は24億円を超えるとして、事業者らへの経済的支援を求める要望書を国に提出した。このように具体的な金額が掲示されるとわかりやすいのだが、モータースポーツの場合、金銭的な話はブラックボックスに近いものがあり、どのような被害額が出ているのかがハッキリしない。

 F1オーストラリアGPの中止が決まったのは3月13日午前。最初のセッションであるフリー走行1回目まであと2時間しかないという時だった。あまりに急な決定だったため、ファンがサーキットに集まり始めていたほどだ。

 気になるのは、中止に伴うチケットの払い戻しや主催者側が負担する費用がどうなったかだ。一説では、F1の商業権を持つ「リバティ・メディア」(米)が数十億とされるオーストラリアGPの開催権料を免除する形で相殺したといわれている。だが、オーストラリアGPの主催者とリバティ・メディア、そしてF1チーム間の中止合意の内容は明かされることはない。うわさレベルの話しか漏れ伝わってこないのが現実だ。

 あれこれ調べると、今回の新型コロナウイルスによる影響がどの程度のものかを推測できるいくつかの数字が判明した。その一つが、サーキットの運営状況だ。

 F1米国GPを行う「サーキット・オブ・ジ・アメリカズ(COTA)」は、米国政府が出した非常事態宣言を受けて施設を一時閉鎖を決めた。米ABCニュースに対し、COTAは既に中止したレースや5月のローリングストーンズのコンサートなど今後90日間だけで約60万人分の有料入場者イベントが延期かキャンセルの危機にあるとした。そして、既に従業員の一部をレイオフ(一時解雇)するなど経営状況が厳しくなっていることを認めた。

 サーキットの年間売り上げはどの程度あるのだろう。鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)とツインリンクもてぎ(栃木県茂木町)を運営する株式会社モビリティランドは271億180万円(2018年度)。富士スピードウェイ(静岡県小山町)の運営会社である富士スピードウェイ株式会社は41億7900万円(18年年度)。F1英国GPで知られるイギリスのシルバーストーン・サーキットは18年5930万ポンド(約77億円)を売り上げた。

 モビリティランドの売上が突出しているのは、二つのサーキットだけでなく遊園地とホテル事業なども展開しているためだ。富士スピードウェイとシルバーストーン・サーキットの違いは開催レースやイベントの差にある。世界耐久選手権(WEC)は共通している。だが、後者はF1とオートバイの世界選手権シリーズに加えて、COTAと同じくコンサートなどのイベント事業も手がけている。

 サーキットにもよるが、F1開催は売上の3~5割を占めている。新型コロナウイルスによる中止は天候不良などを対象とする「イベント保険」の適用外なので、F1レースの延期や中止による損失は数億から数十億円規模になると見込まれる。しかも、サーキット運営にはコースのメンテナンスなど多額の経費が掛かる。このため、利益率は3~5%と低い。いわゆる「内部留保金」と呼ばれる利益剰余金も余裕がないのが実態だ。

 これはサーキットだけではなく、レースチームなども同じ。つまり、モータースポーツとは魚のマグロと同じ。常に泳いでいなければ死んでしまう。

 新型コロナウイルスはモータースポーツを始めとしたスポーツ、エンターテインメント業界に想像を超えるダメージを与えている。一刻も早く沈静化し、レースが再開されることを願うばかりだ。(モータースポーツジャーナリスト・田口浩次)

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