『雲を紡ぐ』伊吹有喜著 心に刻まれるたくさんの色

 物語の中に色があふれている。さまざまな色の名前と描写が出てくるのだ。「大胆な赤は燃え上がるようだ」「朱色や黒の漆のうつわにも、真珠色の光沢がふわりと浮かんでいる」「緑の草木の間を豊かな水が流れていく」…。これほど色に満ちた小説はあまりないだろう。

 どの色も美しい。色は無数にあるから美しいのだとも思える。読み進めながら、頭の中に多種多様な色が出てきて、広がって、それだけで豊かな気持ちになる。色は豊饒さでもあるのだと気付く。

 伊吹有喜の小説「雲を紡ぐ」は、壊れかけた家族を描く。中高一貫の私立女子校に入った美緒は、高校2年の途中から不登校になり、自室に閉じこもっている。父方の祖父母がつくってくれた赤いショールを頭からすっぽりとかぶっているときだけは、体のこわばりがゆっくりと解けてゆく。

 ショールには「山崎工藝舎」のタグがある。盛岡市にある染織工房で、父方の祖父が営む。この布は「ホームスパン」と呼ばれ、手作業で羊毛から糸を紡ぎ、織り上げる。美緒は幼いころからこのショールが大好きだった。

 だが、都内の私立中学で英語の教師をしている母親は、このショールに頼っている美緒に「いつまで赤ちゃん返りしてるの? そろそろ卒業しようよ」と言って隠してしまう。捨てられたと思い、恐慌に陥った美緒は家を出て、盛岡の祖父のもとへ向かう。

 父と祖父は折り合いが悪く、美緒は物心がついてからずっと、祖父に会っていなかった。だが祖父は、突然現れた孫の美緒をやわらかく受けとめる。まるでホームスパンの赤いショールのように。

 祖父は色とりどりの糸の束が並ぶ工房で、美緒に言う。「ホームスパンに興味があるのか。それなら、ここにいる間にショールを作ってみるといい」「まずは『自分の色』をひとつ選んでみろ」

 父の従姉で工房の実務を取り仕切っている裕子、裕子の息子の太一にも支えられ、少しずつ手作業の仕事を覚えていく。「民藝運動」にも通じる丁寧な物作りを通して、生きるために本当に大切なことを身につけてゆく。

 教師という仕事の中で困難を抱えている母、勤めている会社でリストラされかけている父、劣等感のかたまりで、自分の気持ちをはっきり言うことができない美緒。バラバラだった家族が、美緒の家出をきっかけに大きく変わってゆく。父と祖父の間のわだかまりも、徐々にとけてゆく。

 美緒が選ぶ「自分の色」は何色か。そして自分の道を、どんなふうにつかみとるのか。心温まるストーリーとともに、岩手のどこか懐かしい風景と、たくさんの色たちが、深く心に刻まれる。

(文藝春秋 1750円+税)=田村文

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