『シベリアのバイオリン』窪田由佳子著 音楽を糧に生き抜いた父

 亡くなった父親のシベリア抑留体験について知りたい―音楽家の娘は50歳を超えた時そう思った。娘は資料を集め、関係者に話を聞き、極寒と飢餓のなか父親が収容所内でひそかにバイオリンを作り、楽団を組んでいたことを知る。戦争の不条理に抗い、音楽を糧に過酷な運命を生き抜いた父親の実話を基にした物語だ。

 戦時下、敵性楽器のバイオリンを自由に弾きたいと旧満州に渡った父親は、現地で終戦を迎え、旧ソ連軍によって極東のコムソモリスク第二収容所へ連行される。待っていたのは鉄道建設や森林伐採の強制労働だった。

仲間が次々と倒れるなか、音楽に救いを求めた父親は夜な夜な宿舎を抜け出し、廃材や馬の毛を使って自家製のバイオリンを作った。それを弾みに日本人捕虜は楽団や劇団を結成。各地の収容所を慰問に回るようになり、ついに日本向けの短波放送に出演することになる――。

 厚生労働省によると、抑留された約57万5千人のうち約5万5千人が死亡した。極寒、飢餓、苦役というイメージしかなかったシベリアの収容所に音楽や演劇が花開いていたことに胸をつかれた。極限状況においても人間はただ虐げられ打ち沈むだけではなく、どこかに慰めや安らぎを見出そうとする。そのとき文化や芸術が根源的な力を発揮することをあらためて知った。

 著者はなぜ突然、父親の足跡をたどろうとしたのか。旅先のパリのホテルでテレビもラジオもなく、「自分でも驚くほど音に飢えた」。そのとき、音のない世界に閉じ込められた父の思いに初めて触れた気がしたという。その体験が人生の結び目となった。

 100ページ余りの小冊の出版はクラウドファンディングによって実現したという。読者の期待を背負った一書である。

(地湧社 1200円+税)=片岡義博

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