『十二月の十日』ジョージ・ソーンダーズ著、岸本佐知子訳 物騒な現代の寓話集

 「全米ベストセラー第1位!」という惹句、あるいは「これほど親しみやすく、これほど共感を呼び、そしてこれほど笑わせてくれる小説家は、ちょっと他にいない」という訳者の言葉をそのまま受け取ってはいけない。本書はそれほどフレンドリーな短編小説集ではない。

 まず文体がアクロバティックだ。10編あるうちの「ビクトリー・ラン」の冒頭を引用する。

「十五歳の誕生日を三日後に控えて、アリソン・ポープは階段のいちばん上で立ち止まった。これは大理石の階段、のつもり。で、わたしが降りていくと、みんながいっせいにこちらを振りかえる、つもり。さあ{特別な誰か}はどこかしら?」

 地の文と語り手の内的独白が一体となり、さらに語り手がくるくる変わる。物語の枠組みを把握するには再読を要するが、いったん著者の話法を消化すれば、連打されるギャグや戯れ言が翻訳の限界を超えてスラップスティック風に心地よく響いてくるから不思議だ。

 内容もまた一筋縄ではいかない。新薬の治験対象になった囚人の「おれ」は薬物による言語中枢の強化によって自己表現力が向上し、独白の文体も高度化する(「スパイダーヘッドからの逃走」)。くじで大金を得た貧乏一家が自宅の庭に設置できた念願の吊るし飾りは、身売りした異国の少女たちだった(「センプリカ・ガール日記」)。

 登場人物は社会の底辺でジタバタして生きる老若男女。貧困、幼児虐待、いじめ、移民問題などをモチーフに、暴力に満ちた資本主義社会の暗部が戯画的に描かれる。背後には米国社会の分断と病理が横たわる。冗舌で物騒な現代の寓話集である。

(河出書房新社 2400円+税)=片岡義博

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