『息吹』テッド・チャン著、大森望訳 やっと出た新作

 待ちに待った、とはこのことだ。衝撃的な第一作品集『あなたの人生の物語』から実に17年。当代最高のSF作家テッド・チャンの新作短編集がやっと出た。それもまた、ため息の出るほどの傑作がそろっている。

 デビューから29年間で発表したのは本書収録の9編を含め18の中短編のみ。にもかかわらず、獲得した世界のSF賞は20冠以上。著者の寡作ぶりと評価のほどがわかる。

 「メッセージ」というタイトルで2016年に映画化された「あなたの人生の物語」が象徴するように、作品の多くには「世界の理による運命に直面した知性はどう振る舞うか」というテーマが流れている。表題作「息吹」がまさにそうだ。

 空気によって機械の体を維持する生命体の世界が描かれる。時計の動きがわずかに速まったことに疑問を抱いた解剖学者は自らの機械脳を解剖し、驚くべき事実を発見する。自分たちの生命の源は気圧差によって動く空気の流れであり、宇宙は着実に気圧の平衡状態に向かっている。時計の速度が増したのではなく、思考の速度が低下したのだ。すなわち世界は緩慢に死につつある。解剖学者は宇宙の住人たちに向けたメッセージを記す――。

 奇想天外なアイデアに基づく異世界を緻密に造形して生命の消長と宇宙の原理を語り、ラストはヒューマンな感動に導くという離れ業を成し遂げている。

 このほかタイムトラベル、人工知能、地球外生命、創造説、量子力学など多彩なモチーフを扱い、内容に応じてさまざまに変わる語り口を訳者が巧みに書き分けている。

 個人的には今年のベスト。次作をまた気長に待つことにしよう。

(早川書房 1900+税)=片岡義博

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