『よみがえる変態』星野源著 クソ最高の地獄で歌う

 すごいなあ。今や国民的ミュージシャンになっちゃったもんなあ。ドームツアーに紅白出場、冠番組に朝ドラの主題歌まで。さらにはドラマの主演までやっちゃったもんね。そんな星野源の文庫本を、この1ヶ月間いつも鞄の中に入れ、ことあるごとに開いて読んでいた。

 2011年から2013年まで、マガジンハウスのモード・カルチャー誌「GINZA」に連載されたエッセー「銀座鉄道の夜」に、多大なる加筆修正と書き下ろしを加え文庫化された本書。話題は日常の出来事から仕事のことまでと多岐にわたる。ライブのこと、AVのこと、演劇のこと、おっぱいのこと、お墓参りのこと、アニメのこと、神木隆之介くんのこと、

 自慰行為最中にパソコンが壊れたこと、東日本大震災のこと、そして、病気のこと。

 2012年12月。星野源はくも膜下出血により、文字通り、大袈裟でなく、死の淵まで行く。しかも二度。手術、集中治療室、ベッドに縛られている足、酸素マスク、沢山の点滴の管や様々な色のコード、爆発的な頭の痛み、再発や後遺症の可能性、自分の口から吐き出される真っ黒い水。「地獄だ、これ」。頭上の窓から飛び降りたい衝動、親や仕事のスタッフがお見舞いに来た帰り、集中治療室を皆が出た途端、息を殺して泣きながら呟く「行かないでくれ」……。

 直視できない描写が続く。そんな地獄の真っ只中でも、それでも、夢みたいにうつくしい瞬間があって、それもきちんと描かれているのが印象的だ。術後集中治療室から個室へ移った日、窓から見えた青空、風に乗って聞こえてきた、子供たちの遊ぶ声。二度目の手術を控えた星野に、医者が放った「死ぬときは死ぬんだから、何も考えずに楽しく生きなさい!」という言葉、座薬を何度も入れてくれたかわいい看護師さんが、退院の日、お祝いとして顔を赤くしながら数人の同僚を連れて歌ってくれた、自分の歌。

 ぼうぼうと吹き荒ぶ強い風が、突然ふっと弱まり、そよ風が頬を撫でた瞬間。それをしかと目に留めて、何度もうなづき、本を閉じた。

 あれから7年。源くん、こちらは2019年です。どうですか、ここはあなたが願った未来になっていますか。福島の原発の汚染水は貯まり続け、もう海に放出するしかないって政治家が言っています。ラグビーが人気で、来年は東京でオリンピックです。あなたは、光を放って、ステージで歌ってる。眩しくて、私はちょっと直視するのをためらっちゃうけど、すごいんだよ。源くんの歌を、子供が口ずさむんだよ。「高校生の弟が奇跡起こしてチケットゲットして、二人でアリーナツアー行ってきたんです」って、大学生の女の子が嬉しそうに話すんだよ。「星野源とか全然イケメンって思わへん。それやったら鰻くんのがええわ」って、アラフォーに品定めされたりするんだよ。でもって、ガッキーとラブコメディーとかやっちゃうんだよ。ラブコメだよ。ほんとだよ。

 世界は変わらず地獄かもしれない。でも私は生きていて、同じく生きてる星野源を見てる。最高だなって思う。でも別に、星野源だけが最高なわけじゃなくて、私たちはみんな、生きたくて生きて、夢を見て、未来にわくわくできて、取捨選択ができて、欲しいものを手に入れられる。それだけでもうクソ最高が過ぎると、思いませんか。これからも新しい音を私たちに聞かせてください。好きなこと続けるってすごいことだって、教えてください。元気になって本当によかった。

(文春文庫 600円+税)=アリー・マントワネット

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