『マジカル・ガール』監督が貞子?撮影

東京・新宿の街頭で貞子な合アレン(手前)とカルロス・ベルムト監督

▼スペインの俊英映画監督カルロス・ベルムトが、7月の終わりに来日し、日本の女優合アレン(あい・あれん)を、ほぼ「貞子」にして新宿にてミュージックビデオ(MV)を撮影し、帰って行った。いったい何事でしょうか。

▼【ベルムト監督を手短に説明】

1980年生まれ。イラストレーター、漫画家から映画へ進出。日本の漫画、アニメ、映画に造詣が深いが、日本での撮影は今回のMVが初めてという。長編映画2作目『マジカル・ガール』(2014年。日本公開は16年)は本国で高く評価された。日本の魔法少女アニメに憧れる少女に端を発する物語で、なおかつ長山洋子の歌を使う、などの点から日本でも注目され、結果、ストーリー展開や画面構成の妙まで知られるところとなった。長編3作目『シークレット・ヴォイス』(18年)も配信などで観賞可能。この3作目と今回のMVには接点がある気配で、興味が湧けば映画をご覧になっていただきたい。

▼【誰のMV?】

La bien querida(ラ・ビエン・クエリダ)の新曲『Me envenenas』(英訳するとYou poison me。邦題未発表)のためのビデオ。クエリダはスペインの老舗インディーズレーベル、ELEFANT RECORDSから2009年にデビューした人気ポップ歌手。

▼【変身する女性】

どんなビデオなのか、今後日本で映画を撮る予定はないのか? 筆者は急遽ベルムト監督と会うことにしたが、日程調整が噛み合わず。代わりに、MV主演の合アレンが今回の撮影を語り、監督もコメントを寄せてくれた。

▽合アレン:「最初に頂いた企画書のストーリー案には、文字と貞子のような女性が写った参考写真が貼り付けられていて、恐ろしい感じのホラーになるんだろうかと考えていました。後に、監督が意図しているこの主人公の変化は、私が想像していた方向ではないと気づきました。普通の女性が普通に生きている日々の中で、あるきっかけで自分に変化をもたらします。そこで彼女は今までできなかったこと、やってみたかったことをやってみるんです。その変化を、実はコスプレをして全く違う外見になることから得ます」

▽ベルムト監督:「このミュージックビデオのストーリーは数年前に思い浮かんだアイディアで、“もしも、普通にオフィスで働くシャイな日本人の女性があるコスプレをして違う人のようになり、今までできなかったことなどをやれたら”というものでした。私はこの作品で、私にアイディアと刺激を与えてくれている日本のホラー映画へ敬意を表せたらと願っています」

▼【蝕む】

とはいえ、音楽に合わせる映像にしては、物語が監督の勝手過ぎではないのか? 楽曲自体の世界観はどうなのか? 合アレンが「私の主観ですが…」と前置きした上で語ったのが下記。筆者のMVへの期待はぐいっと高まった。

「(楽曲が描くのは)愛や自我、そういった自分ではコントロールの効かない、自分を蝕んでいるようで、しかしなお魅了されずにはいられない、私の中の”何か”をさらけ出させるもの、愛と一言で言うにはきれいすぎる恐ろしい何か、という感じです。多分、監督は、その”何か”に気づき蝕まれながらも、知らず知らずそれに溺れていくという感覚をこのストーリーで表現しようとしたのではないでしょうか。音楽は少し切なく、センスの良い、またどこか少し懐かしい感覚も覚えるような音調で、優しく、そして影のある落ち着いた声が、裏腹に胸騒ぎをさせるような音楽と交わり、少し不安にさせながらもその不安に飲まれるのが心地よい、本当に素敵な歌です」

▼【MVと映画】

本稿序盤に触れたベルムト監督の長編3作目『シークレット・ヴォイス』のあらすじを、映画公式から下に引用させていただく。

・人気絶頂の中、突如表舞台から姿を消した国民的歌手リラ・カッセン。それから10年、様々な憶測が飛び交う中彼女の復帰ツアーが発表される。しかしその直後、リラは原因不明の発作に倒れ記憶喪失となり歌うことさえできなくなってしまう。そんな中リラに人生を捧げてきたマネージャーのブランカは、リラの曲を本人さながらに歌いこなす女性ヴィオレタと出会い、極秘裏に「リラにリラの歌を教えてほしい」という奇妙な依頼を申し出る。精神的に不安定な無職の娘と貧しい二人暮らし、人生に絶望しリラの曲だけが心の支えだったヴィオレタは、大喜びでその依頼を引き受けるのだが、やがて誰も知らなかったリラのある「秘密」を知ることになる。(引用終わり)

▽『シークレット・ヴォイス』の魅力の一つは、「誰が」という主体が、次第に曖昧になっていくことだ。その要素が今回のMVと響き合うのかもしれない。合アレンはMVで自身が演じた、変身する女性について次のように語る。

「『シークレット・ヴォイス』の主人公(ヴィオレタ)のイメージにそっくりな方だなと思いました。映画のモデルはラ・ビエン・クリエダではないかなと私は勝手に想像を膨らませています。監督に聞いてしまうと想像する面白みがなくなるので聞いていません」

【新宿ロケ】

MV撮影は4人の小所帯、1日で撮り上げた。ベルムト監督は自身がイメージする映像のために古い型のカメラAG-DVX100Bを購入してきたという。「最高の撮影でしたよ! 東京という街は世界中で私の最も好きな場所の一つですから。東京は映画的で素晴らしい、どこに行っても興味深い街角やストリートがありますね」。ベルムトは楽しめたようだが、貞子コスプレで街を歩いたアレンはどうなのか?

▽合アレン:「演じるというより素の気持ちのまま全てを感じるようにしました。意外にも通りすがる人達が、とても生き生きとした表情で私を見ていました。彼らの目はまるで中毒のように私に惹きつけられていました。しばらくすると写真をせがまれるようになり、更には私が1人で歩いていると思いデートに誘う人まで出てきました。幽霊をデートに誘う人が数分で2人もいるなんて、普段よりモテるようになった自分に少し酔いしれました。”本当の自分はこうじゃない”という気持ち、それを解放した時に訪れる爽快感、変な感想かもしれませんがまるで自分に深く恋に落ちていく感覚でした」

▽一体どこまでが本当で、どこから話が盛られているのか、盛られてないのか筆者には分からない。分からないゆらゆらした印象が作品世界に合っていそうで、MVを見るのが楽しみになっていく。

▼【リリース】

楽曲は8~9月頃にリリース予定。ビデオが完成したら日本でも、何かしらで観られるようになる予定とか。詳細な情報はいずれELEFANT RECORDSから近々出るそうだ。ベルムト監督からは「この記事を読んでいる皆さんが私達のミュージックビデオを楽しんでくれたら嬉しいです!」とメッセージ。

さて、最後に「ちなみに…」をトントンと並べます。

▼【ベルムト監督と合アレン】

2人は2015年、映画人の交流会で出会った。その時互いに、アレンが出演したキム・ギドク監督作『STOP』や、ベルムト監督の『マジカル・ガール』の感想を語り、ベルムト新作のストーリーの意見交換などが始まった。このためベルムト監督『シークレット・ヴォイス』のエンドクレジットには、謝意を表して合アレンの名も刻まれている。

▼【合アレン】

岩崎友彦監督・脚本の『クライングフリーセックス』では主演。当欄で昨年8月、『くだらなさMAX、15分邦画 500円で異例の単独公開』と題して取り上げた。さらにこのコメディーは恐ろしいことに『クライングフリーセックス~Never Again!』という続編も製作され、困ったことに11月、新宿・ケイズシネマで上映予定。

▼【MVのオファー】

ベルムト監督から「アレンさんがこの役OKしてくれるなら、このストーリーの企画案を歌手に出そうと思う」と相談したという。

▼【日本で映画は?】

ベルムト監督:「日本で映画撮影をすることはまだ考えていません。良いストーリー、または日本で撮影するちゃんとした理由が自分の中で見つからないといけない気がしています。ただ一つ明確なのは日本の才能ある人々と働きたいという気持ちです」

▼【次回作】

ベルムト監督:「今は二つの映画脚本を書いています。一つは自分の監督作、一つは友人の監督のために書いているものです。両方の作品を来年撮影開始出来たらと願っています」

▼【脳内でリンクした映画】ベルムト監督と合アレンの話から筆者が思い浮かんだのが、平柳敦子監督の映画『オー、ルーシー!』(2018年)。こちらもご興味あればぜひ。(敬称略)

(宮崎晃の『瀕死に効くエンタメ』第126回=共同通信記者)

© 一般社団法人共同通信社