『三体』劉慈欣著、大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳 中国発SF、怒涛の進撃

 前評判がすさまじい。アジア人初のヒューゴー賞(最も権威あるSF賞)受賞。本書を含む3部作の累計発行部数は中国語版だけで2100万部。世界の著名人が手放しの絶賛。SFファンならずとも手に取りたくなる。

 幕開けから意表を突かれる。文化大革命の糾弾場面。何千万という犠牲者を出したこの政治運動は人間の最も醜悪な属性を象徴する場面として作品を貫く人間観となる。大衆の狂気により父親を惨殺された娘は、やがて天体物理学者として高度な異星文明に向けて人類征服を請うメッセージを発信する。

 一方、主人公のナノマテリアル研究者の周辺では高名な物理学者が相次いで自殺し、カウントダウンの数字が宙空に見えるなど不可解な現象が続いていた。物語は先端の科学的知見に基づく壮大な構想力と、奇想天外ともいえる爆発的な想像力に牽引されて怒涛の展開を見せていく。

 考えたいのは「現代SFの歴史を大きく塗り替えた」(訳者あとがき)とされる作品が中国発であることの現代的意味だ。私たちは中国が今や世界の覇権を競う経済・軍事・科学大国であることを知っている。スパコンや次世代通信技術で世界をリードし、猛烈な勢いで宇宙開発も進めている。

 これまでのSF映画では、異星人との接触や戦闘を担う地球代表はなぜか無前提に米国だった。だが中国人が地球の命運を握る本書の設定にもはや何の違和感も覚えない。

 文明の衰亡をテーマに据えた本書の大ヒットは世界秩序の変転の予言とすら思える。

(早川書房 1900円+税)=片岡義博

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