『あなたの名前を呼べたなら』 身分が違う二人が近づけるのは「玄関」だけ

(C) 2017 Inkpot Films Private Limited,India

 いまだ厳格な身分制度と階級社会に縛られたインドを舞台に、メイドと雇い主の“身分違いの恋”を描いたラブストーリーだ。けれども、この言葉が喚起するメロドラマの甘く切ない味わいは薄い。監督の主眼が、インド社会が抱える差別問題の方にあるから。欧米で脚本家やスタッフとして活動してきたインド出身の女性による初監督作だ。

 脚本は一見シンプルだが、それは無駄なものが削ぎ落とされているから。“ドラマチックさ”がその典型で、実はよく練られている。例えば雇い主は結婚が、相手の浮気で直前になって破談になるのだが、電話での連絡で簡単に語られるだけだし、未亡人であるメイドの過去や親族との関係性もしかり。舞台も大半が二人の住む高級マンション内に限られている…といったように。

 その意味では、本作は《脚本の映画》と言っていい。ところが、脚本のシンプルさが演出面=映像表現にも(恐らく監督も意図しなかったであろう)味わいをもたらしている。マンション内で最も多く映される場所は、玄関。身分の違う二人は、狭い玄関とそれに続く廊下にいる時にだけ(物理的な)距離が近づく。しかもドアは、内と外を隔て、劇的な情報の変化を生んだり、場面転換の役割を担ったりする映画的なアイテムだ。本作は、それが日常の変化を表現するのに有効な“繰り返し”という映画的手法によって描かれた《玄関の映画》という見方もできるのである。★★★★☆(外山真也)

監督・脚本:ロヘナ・ゲラ

出演:ティロタマ・ショーム、ヴィヴェーク・ゴーンバル

8月2日(金)から全国順次公開

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