『絵を見る技術』秋田麻早子著 なぜ名画に惹かれるのか

 知らなかった。名画にそんなからくりが隠されていたとは。もっと早く知っていれば、自分の絵画体験は全く違ったものになっていたと思う。

 左右対称の構図には安定感があり、補色の組み合わせはメリハリが出る、くらいのことは知っている。が、それどころではない。本書は絵画の線・形・色・配置・構図が実に精緻な法則に基づいて造形されていることを示し、私たちが名画に惹かれる理由を構造的に解き明かす。

 まず、絵の主役は中央に位置していたり光が当たって明るかったりする。そこに見る者の視線を誘導するため、人物の顔の向きや指さす方向、衣服のたなびきが総動員される。主役だけでなく、絵の隅々まで見せるため、視線を周回させたりジグザクに進めたりするよう人物や物が配置される。

 圧巻は絵の構図を論じるくだりだ。十字線と対角線をはじめ二分割、三分割、黄金分割、ルート矩形、対数らせんなど、画面を規則正しく分割するラインを画面に引くと、そのラインが形作る構図に主役、脇役、視線の経路がぴったり収まるではないか。

 重要なのは、そうした構図や配色が生み出す躍動感や威厳が、絵の持つテーマと見事に響き合っているということだ。

 「ヴィーナスの誕生」や「モナ・リザ」など古今東西の名画に縦、横、斜め、丸、三角と線が引かれ、その秩序と調和の秘密が解き明かされるプロセスは名探偵の謎解きのようにスリリングだ。秘密を知ると、その絵が不思議と身近に感じられる。

(朝日出版社 1850円+税)=片岡義博

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