「サッカーコラム」日本代表の「6月シリーズ」を通じて感じたことは

日本―トリニダード・トバゴ 前半、指示を出す森保監督=豊田

 レベルが決して高いとは言えない対戦相手だった。それでも、新しいシステムを試すという意味では有意義だったのではないだろうか―。6月5日と9日にトリニダード・トバゴ、エルサルバドルという中米の2カ国と対戦したサッカー日本代表の「6月シリーズ」。森保一監督は、三度のリーグ優勝を飾ったJ1広島を指揮したときに採用していた、いわば代名詞とも言える「3バック」を日本代表で初めて取り入れた。

 ここ約20年の日本代表で3バックシステムを用いていた監督といって頭に浮かぶのは、ワールドカップ(W杯)初出場を果たした1998年フランス大会の岡田武史や2002年日韓大会のフィリップ・トルシエ、期間限定だったが06年ドイツ大会で指揮したジーコくらい。いつの間にか、日本代表でこのフォーメーションを目にすることはできなくなっていた。とはいえ、導入を試みた監督はいた。14年ブラジル大会を率いたアルベルト・ザッケローニだ。3バックを本大会における戦術のオプションにしようとしたが、このシステムを試したときに限って凡戦が続いたため、ブラジルへ持って行くことはできなかった。

 3バックの効用。それは攻守両面にわたってある。中でも、日本が格上と対戦するW杯本大会においては守備面で大きなメリットがある。

 国際試合が開催されるピッチの基本的な横幅は68メートル。最終ラインが4バックの場合、単純に割ると1人が受け持つのは17メートルになる。強敵を相手にした場合、4人で守り切るのは現実的に難しい。なぜなら、シュートを防ぐために中央に寄ればサイドのスペースが空くから。ベルギーと激突した昨年のW杯ロシア大会決勝トーナメント1回戦でもそうだったように、このスペースを使われて失点という危険性が増えるのだ。

 一方、3バックにおける守備はどうか。両アウトサイドの選手が最終ラインに下がってくるので、実質5バックになる。すると、1人が担当するのは13.6メートルになる。ピッチ全体からすればわずか3.5メートルほどだが、選手の負担はかなり軽くなる。そして、相手にとってはシュートコースが限られる状態となる。

 今回の「6月シリーズ」では2試合を通して、同じ顔ぶれが3バックを組んだ。左から冨安健洋、昌子源、畠中槙之輔と並んだが、畠中以外は所属チームが3バックで戦っているので、プレー面での問題はなかっただろう。このシステムがうまくいくか否かの鍵を握るのは両アウトサイドだ。ここにどのようなタイプの選手を置くのかで、「試合の景色」が変わってくる。

 5日のトリニダード・トバゴ戦。左右のアウトサイドには、ともに4バックのサイドバックを本職とする長友佑都と酒井宏樹が起用された。シュート29本を放っても、得点を奪えなかった攻撃陣の精度に問題はあったが、両アウトサイドが繰り出す攻撃も正直すぎた。

 9日のエルサルバドル戦では対照的に、本来はアタッカーの原口元気と伊東純也を置いた。当然、攻撃はより前掛かりとなる。結果、2得点を挙げた永井謙佑も含めて相手ゴールライン深くまで攻め込むシーンが増えた。ただ、相手のレベルを鑑みると攻撃面ではそれほどの評価をできるものではないだろう。

 「パーフェクトではない。まだ最初の一歩を踏み出したところだと思いますが、選手たちが良い感覚を持って一つのオプションをできるような戦い方ができた」

 森保監督は2戦を通じて試した3バックについて、このような感想を持っていたみたいだ。しかし、結果を求めるのは早急過ぎるだろう。いまは屋根を支える柱の本数をどのようにするか考えている途中。4本(4バック)はある程度のめどが立っている。でも、3本(3バック)という構造も試してみたい。さらには、素材にもこだわりたい。堅固な建物と言えば鉄筋という印象があるが、木材だって使えそうだ。事実、隈研吾設計の新国立競技場は木材を多用しているではないか。森保監督がそのように考えたとしても、何ら不思議ではない。

 第1戦はベンチ外。メンバー発表時から注目を集めた久保建英は、エルサルバドル戦の後半22分に大声援に包まれて史上2番目の若さで日本代表デビューを飾った。5日前の18歳になったばかりだが、正直あの程度は普通にやるだろうと思っていた。FC東京でのプレーを見ている人は、別に驚かなかったはずだ。

 緊張したかと問われた久保は「ボールを触れば、あとは吹っ切れた」と言っていたが、彼がバルセロナの下部組織で過ごした4シーズンのなかで、18歳で代表チームに入る選手などざらにいたろう。日本的な学年の区割りに久保を当てはめるのは、間違いだろう。

 余談になるが、代表デビューという意味で思い出すのはやはり小野伸二だ。1998年4月1日にアウェーで行われた韓国戦。高校を卒業したばかりの小野は途中出場すると、大雨でぬかるんだピッチなどお構いなしに鮮やかなボールタッチを繰り出す。さらに、“暴力的”ともいえる激しい当たりをしてくる韓国選手をあざ笑うようにダブルタッチで抜き去って見せたのだ。その衝撃といったら、久保以上だった。この試合では17歳322日の史上最年少で市川大祐もデビューを飾ったが、試合の真剣度と難しさという意味では、こちらの方が上だった気がする。とはいえ、これはマラドーナとメッシのどちらが優れているかを決めろという話と同じ。つまり、さしたる意味はない。

 とにもかくにも、若い才能が日本代表に新風を送り込む状況は素晴らしいことだ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

© 一般社団法人共同通信社