「サッカーコラム」宇賀神の自制心が生んだスーパーゴール 「平成最後の天皇杯」はJ1浦和の手に

仙台を下して優勝を決め、大喜びの浦和・宇賀神=埼玉スタジアム

 今シーズンは思いのほか早く終わってしまったなあ―。国内のサッカーカレンダーを生活の中心に据えて過ごしている人は、そんな違和感を覚えているのではないだろうか。なぜなら、長らく天皇杯の決勝が行われていた元日を「区切り」とすることに慣れ親しんできた人たちにとっては、12月上旬で“本年の業務終了”となることが何となくピンとこないから。そういえばクリスマスも、まだ先の話なのだ。

 今回で98回を数えた天皇杯は、日本で最も歴史のある大会だ。もちろん伝統は守っていかなければいけない。しかし、リーグ戦と天皇杯、YBCルヴァン・カップが平行してある国内に加えて、アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)や日本代表の試合があるため、日程が過密になっている現状を考えると、サッカーカレンダーを見直す時期に差し掛かっているのかもしれない。

 天皇杯決勝は当初、12月24日に実施する予定だった。ところが、年明け早々に開催されるアジア・カップ(来年1月5日~2月1日・アラブ首長国連邦)のため、前倒しになったのだ。この、アジア最強の国を決める価値のある大会が控えていたために、元日開催の予定が前倒しになった。ところが、ACLを制したJ1鹿島がクラブワールドカップ(W杯)への出場権を獲得。さらに天皇杯でも決勝進出の可能性を残したベスト4に進出したことで、さらに予定を変更せざるをえなくなった。結果、平成最後の天皇杯は12月9日の決勝となったわけだ。

 今後もこのような過密日程は起きるだろう。天皇杯決勝の1月開催が変わらない限り、4年に1度のアジア杯は巡ってくる。さらに不確定とはいえ日本勢がACLを制する可能性は低くはない。この条件下でカレンダー作ることが難作業であることは間違いない。個人的にこれといった名案はないものの、このままではだめだということだけは分かる。とはいえ、一つだけ断言できることがある。それはよく話題に上がる「秋冬制」は、現在の日本では無理だということ。この案を主張する理想主義者は、雪国の現実を知らない人だけだ。北国生まれだから分かるのだが、天候によっては生命の危険さえある状況で、誰が子供をサッカー観戦に出すだろうか。そんな親はいないだろう。

 話を天皇杯に戻すと、浦和対仙台が相対した一戦はカップファイナルにふさわしい白熱した内容だった。タイトルの懸った一発勝負というのは、1点の持つ価値がリーグ戦とは違って、重い。勝つより負けない事が優先されるため、局面でのボールを巡る争いも激しくなり、スコアも動きにくい。必然的に堅いゲームとなったが、両チームが見せたボールへの寄せの速さには目を見張るものがあった。緊張感にあふれる試合からは当然、目が離せなくなる。

 プレスがきつい状況でこそ、確かな技術の有無が明暗を分ける。前日8日のJ1参入プレーオフで、J2の東京VがJ1磐田のつぶしに苦しんだのとは対照的に、両チームはスペースと時間が限られるなかでも持ち味を発揮した。勝敗を分ける要素となったのは、多少の運の差だったのではないだろうか。

 決戦の場が、ホームの埼玉スタジアムだったのも浦和を後押しした。その意味で仙台は試合前から地理的な意味でのビハインドを背負うことになった。それでも試合の出足から仙台は悪くはないリズムでゲームを進め、浦和を自分たちのペースにはめつつあった。

 当たり前といえば当たり前なのだが、そんな悪い流れを一瞬で自分たちの側に引き寄せる方法がある。セットプレーだ。

 前半13分、右CK。浦和は手の込んだトリックプレーを繰り出した。柏木陽介のショートコーナーを武藤雄樹がつなぎ再び柏木へ。柏木からのパスをペナルティーエリア右外で受けた長沢和輝がゴール前に入れる。ボールは仙台の野津田岳人に一度は跳ね返されたが、その次のプレーが鮮やかだった。浦和の宇賀神友弥が目の覚めるような右足ボレー。浮き球をダイレクトでたたいたシュートは20メートル先のゴールネットを激しく揺らした。

 右足を思い切り振り切っていたら、ボールはゴールの上を越えていただろう。その意味で、「スーパー」と形容するに値するシュートは、宇賀神の自制心がもたらしたゴールといえる。膝を高く上げ、膝下のスイングをインパクト後に抑える。だから、ボールは擦り上げられる形となってドライブが掛かる。そして、ゴールマウスの枠内へ急激に落ちた。いくらCKのトリックプレーを使っても、最後はシューターの技量が物をいう。この場面の宇賀神のキックは、間違いなく素晴らしかった。

 CKからのトリックプレーは前日の練習でも繰り返していた。「練習ではふかして入らなかった場面もあった」という。それが本番ではぴたりとはまり、12年ぶりの天皇杯に加えてACLの出場権も得る1―0の決勝点に。大仕事をやり遂げた男は「決勝で自分にあんなスーパーゴールが出るのも、監督が持っているからかな」とおどけた。しかし、「持っていた」のは間違いなく宇賀神だ。それほどに平成を締めくくる天皇杯決勝の唯一の得点は、記憶にも残るすごいゴールだった。

 新元号となる次回。天皇杯決勝は、こけら落としとなる新国立競技場だ。6大会ぶりに日本最古のカップファイナルの舞台が聖地に戻ってくる。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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