『日本詩歌思出草』渡辺京二著 言葉の個人博物館

 詩集というものを長く読んでいない。いい詩に触れたいが、信用できる案内人がほしかった。著者とレトロ調の表紙に惹かれ、本書を手にした。いい本に出会ったと思う。

 日本の詩歌の名作を編んだアンソロジーではない。10代から87歳の今日まで詩歌を杖として生きてきた文筆家が心に残る作品を引き、そこに宿る思いをつづった。

 「古事記」のヤマトタケルの歌に始まり、近松門左衛門や中野重治、石牟礼道子、伊藤比呂美まで。中原中也も三好達治も登場しない。詩や歌はもともと極私的に愛好するものだからそれでいいと思う。

 著者の手で長い詩文の一部を削ったり表題を付けたりと融通無碍の感がある。それぞれに添えた短文がまた硬軟自在で、単なる懐古談にとどまらず、作品の意味と読みどころを丁寧に押さえ、作者の詩魂を汲み出している。

 島崎藤村、薄田泣菫、蒲原有明らの明治文語詩を多く引く。「あ丶日は彼方、伊太利の/七つ丘の古跡や」といった心地いい声調と修辞が連なる。

 明治文語詩は「深い思索がない」「冗長、散漫ぶりには呆れる」と容赦ない批判を浴びせながら、その流麗な調べに少年の一時期、酔いしれた過去を著者は大事に記す。「……軍国主義の支配する明治社会から、この一瞬の陶酔に逃れようとする青年たちがかつていたことは、抹殺できぬ歴史上の事実だ」と。

 古い詩歌を収めた本書を著者は一流の含羞をもって「博物館」にたとえている。なんと潤いとぬくもりに満ちた博物館か。

(平凡社 1900円+税)=片岡義博

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