世界的バレエダンサーの自伝といっても、輝かしい功績や身を削る鍛錬だけをつづった回想記ではない。本書から伝わるのは、総合芸術たるバレエについて余すところなく伝えようという強い意志と情熱だ。その意味では稀有にして貴重な記録といえる。
パリ・オペラ座バレエ団の最高位エトワールを16年間務めたルテステュは、バレエの衣装デザイナーとしても知られる。引退までの2年間を追ったドキュメンタリー映画は2014年、日本でも公開された。
彼女の言葉は端的で飾りがない。著名な振付家の才能と性格について批判を含めて率直に論じ、メディアの劣化を指摘する。舞台裏の人間模様もリアルで具体的だ。ダンサーと対立するオーケストラが練習中に演奏を突然中止したり、群舞のダンサーたちがエトワールによって踊る態度を変えたり、パートナーの目を見ないロシア人ダンサーに驚いたり。
そしてバレエの舞台がいかに精妙な技術と感性によって成立しているかを物語る数々のエピソード。自分の足に適したトウシューズを作る職人には滅多に出会えない、指揮者は大柄なダンサーと小柄なダンサー用の2つのテンポを使い分ける、衣装デザインによって演技は大きく変わり、役作りの方針が決まる――。
これだけ多岐なテーマにわたる詳細な記述は、おそらく共著者の評論家マノニの周到な聞き取りの成果だろう。ルテステュは舞台の上で終始理想的なパートナーに恵まれたが、自伝の執筆にも優れた伴走者を得た。
(世界文化社 3000円+税)=片岡義博