『そして、バトンは渡された』瀬尾まいこ著 主人公の成長に頼らない物語への信頼

 設定を説明するのは少々厄介だ。

 主人公の優子には3人の父と2人の母がいる。実の母とは幼い頃に死別。父はその後再婚したので新しい母ができた。しかし父の海外赴任を契機に離婚。小学生だった優子は継母とともに日本に残ることを選ぶ。そして継母がその後も結婚と離婚を繰り返したが故に、高校生になった優子は、血の繋がりのない、父親としてはだいぶ年若い30代の男と暮らしている。戸籍上もきちんと父と子である。

 しかし優子はこの複雑な事情を周囲に全く感じさせない、素直でしっかりした女の子だ。父や母と別れる度に傷ついてはきたけれど、それらすべてが彼女の優しさや強さへと結実していったよう。全ての保護者がいい人だったこともあり、優子はとても“できた”娘になっていた。

 物語の始まりにおいて優子は高校2年生。それから結婚して家を出ていくまでの約5年分の時間が描かれるのだが、優子がずっと“できた”娘であることは変わらない。なのでこの小説が優子の成長物語であるとは言い難い。

 もう一人の主人公と考えられるのは、優子の現在の父である森宮さんである。

 森宮さんは30代前半で突然、高校1年生の女の子の父親となった。そしてすぐに妻が姿を消したので、ただ一人の保護者となった。しかし森宮さんはその状況を厄介なものを押し付けられたとは露ほども思わず、むしろ「ラッキーだった」と捉えていた。

「自分より大事なものがあるのは幸せだし、自分のためにはできないことも子どものためならできる」

 そう考えていたのだ。

 ということで、この物語は森宮さんが父親として成長していく話にもなっていない。料理やその他の家事などは少しずつ要領を得ていったのだろうが、娘に対する気持ち、愛情は最初からずっと深いままだ。

 主人公2人がそれほど変わらない小説、あまり成長しない小説。こう言ってしまうとまるでウィークポイントのようだけれど、私にはこここそが、この物語の最も信頼できるところだと思える。

 人間性も人間関係も外的な要因で急によくなったりすることは稀だ。自分と相手を大切に思う時間を重ねていくことによって、ゆっくりと深まっていくのが自然のはずで。そして変わることよりも、ずっと変わらずにいようとすることの方が難しいのかもしれないのだから。

 この当たり前で普通すぎるが故に小説の中ではあまり語られないことのために、物語は異様に厄介な設定を必要としたのだと、私は勝手にそう考えている。

(文藝春秋 1600円+税)=日野淳

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