【特集】人を癒やす漫画「家族の物語」(2) 団士郎さんが描く 未来への“種まき”

団士郎さんの「木陰の物語」

 ▽カップ酒片手にベンチに座ってみた

 「家族の物語を、事件に代表させることは間違いです。家族って日常の暮らしの記憶なんだよね」。事件をきっかけに病理を探し出し、原因を突き止めようとする。心理相談のプロもジャーナリストもそうしがちだ。だが暮らしはずっとその人とともにある。暮らしの記憶としての家族を見なければ、“本質”は分からないのかもしれない。

 「背中の夕陽」は軽度の知的障害のある女性、有紀子さんの話だ。

 毎日、きちんと作業所に出勤していたが、時々酔っぱらって帰宅するようになった。とっくに帰宅しているはずの時刻に、ベンチでカップ酒を片手に一人でいる姿を職員が何度か見かけた。確認しても何も言わない。

 家族に連絡を取ったが、みな彼女の帰宅時間を把握していなかった。その夜、両親は有紀子さんに強く問いただした。黙ってしまうだけだが、どうやらそのようだった。

 職員の1人が「どんな気持ちで(彼女が)そこにいるのか、私も一度経験してみようと思う」と話すと、父親が「私もご一緒していいですか」。ある日の夕刻、2人は帰宅を急ぐたくさんの人の中でカップ酒を片手にベンチに座ってみた。

 誰もが目的に向かって急ぎ足の雑踏の真ん中に、ポツンと座って夕陽に照らされているのは孤独だった。父親は「有紀子が家に帰っても誰もいないですからね。私が少し早く帰ったら、違いますかね」とつぶやいた。

 障害を理由に、いろんな人がつい遠慮なしに注意を口にしてしまう。でももう大人。きっと指導されたいなんて思わなかっただろう。飲酒をたしなめられ、早く帰って留守番していろと言われても、黙りこくってしまっただろう。

 分からなくなった時、その人の立場に身を置いてみると思いがけない発見があることもある―。

 団さんは言う。絵に描いたような幸せ家族を思い浮かべて、「私にはそれがない。不幸だ」と嘆いているのは、テレビドラマか何かの思い込みや勘違いだと。

 男女が一緒になり家族ができる。子供が生まれたりする一方で、死別や離別もある。運がよければ親から順番に亡くなるが、不慮の事故で子どもを失うことも。「こういうのが全部予定の中に入っているのが家族。本当は喜びも悲しみも混ざり合って存在するものだから」「家族は私を育んできたもの。でもいつまでも一緒にいるものではない。それが家族を生きるってことだよね」

 ▽思い出までは流されない

 本人の言葉として語られる家族の物語。団さんによれば、どの物語を語るかは意識的であれ無意識的であれ、本人が選択している。誰にも家族の記憶を肯定的に振り返られるタイミングがある。そこに未来へ向かう種が隠れている。心理相談はその自律的な心の動きを促す。「冷静に言えば、誰かのせいで(自分の人生が)こうなったりはしない、ということ。誰かのせいにして未来が開けることはないから」

 受刑者の矯正教育の現場で、自身の半生を振り返る取り組みが行われている。例えば10歳のころの自分にインタビューをしてみる。苦境にある人は、ネガティブな記憶ばかり思い出しがちだ。だが次に「他にはどんなことがあったかな」と向けると、考え込んだ先に別の記憶が引き出され、これまでの人生が「さまざまであった」ことに気付く。七五三はこうだったな、という淡い記憶。父にも事情があった、とのエクスキューズに似た思い―。

 たくさんの物語が入り交じった複雑な家族の姿を理解できるようになると、自分では決められなかったかもしれない過去の運命にもう牛耳られなくてよいことに気づく。同時にこれから先の人生の複雑さを引き受けられるようになるという。どの物語を語るか、自らが主体的に選べるようになるのだ。

 団さんは、今秋で8回目となる漫画展の準備を始めた。今では漫画展を楽しみに待ってくれている人がいる。前年までの「木陰の物語」を持参する人。ギャラリーはいつしか再会の場になった。パネルにかかった漫画で、他人の家族の物語に触れる。自分の中の大切な物語が呼び覚まされ、その場で語り出す人もいる。

 「津波で何もかも奪われてしまったと言う人はたくさんいる。だが何年かたつと、家族の思い出までは流されていないことを振り返られるようになる」「自分の中でわき上がる自分の家族の物語が、その後の人生を生きる力になるのだろう」

 今後も家族漫画を書き続けるという団さん。漫画展も少なくとも10年間は続けるつもりだ。「たまにお目にかかる、何をしてくれるわけでもないけど、ちょっと嬉しくなるサンタクロースのようなものですね。サンタの物語は誰かとシェアすることで、人の気持ちに何かを添えてくれる」

 さぁ、あなたならどの物語を語りますか?…(共同通信=大阪社会部・真下周)

聴衆に語る団士郎さん

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