ヒット映画を支えたお金と大嘘 『シェイプ・オブ・ウォーター』と『グレイテスト・ショーマン』

映画『シェイプ・オブ・ウォーター』(左)と『グレイテスト・ショーマン』のポスター

▼映画の製作費について、日本映画はあまり明らかにしたがらないが、他国の映画人はごく普通に話すことが多い。今回は、公開中の米国映画『シェイプ・オブ・ウォーター』『グレイテスト・ショーマン』についてそれぞれ、ギレルモ・デル・トロ監督とヒュー・ジャックマンに聞いたお金と、役に立った大嘘の話。

▼半魚人的生物と人間の女性の愛を描いた『シェイプ・オブ・ウォーター』は、米アカデミー賞で従来冷遇されてきた範疇の怪物ファンタジーでありながら、作品賞、監督賞、作曲賞など4冠に輝いた。デル・トロ(兼脚本・原案・製作)の思いとイメージでできていて、相当に個人的な映画だが、批評的にも商業的にも賞レースでも成功を収めた。

▼彼にインタビューで聞いてみた。「ギレルモさんは、昨年のベネチア国際映画祭で『ピノキオ映画の企画、といっても反ファシズムのね、というと誰もお金を出してくれない。メキシコ人を1人喜ばせたい人はぜひ出資を』と笑わせていましたが、今作の出資の集まり具合はどうでしたか」

▼デル・トロ:「簡単だったけど少なかったんだ。この映画は7000万ドルぐらいかけているように見えるかもしれないけど、1930万ドルで作った。2000万ドルかかってない」。ちなみに米国では2000万ドル以下というと、「低予算」の部類に入る。

▼デル・トロ:「実際われわれは1950万ドルの予算を与えられたけど、1930万ドルで作ってあげた(笑)。なぜなら僕は完全な自由が欲しかったから。お釣りがくるぐらいなら誰も文句は言わないでしょ。出資者たちは、僕が25年間こういう映画を作ってきたことを知っている。美しくもあり娯楽性もある、クレイジーでもそんなにお金がかかってないからちゃんと回収できる、で、僕を信用してくれるんだ。ピノキオには4500万ドル必要で、信用なしさ(笑)。今作の2倍以上だからね。もし今作と同じ予算で作れると言ったら、ピノキオも作らせてもらえると思う」

▼一方の『グレイテスト・ショーマン』も、主演ヒュー・ジャックマンの悲願であるオリジナルミュージカル(以後「OM」と表記)で、彼は実現のために情熱を注ぎ、企画立案から8年越しで公開にこぎ着けた。OM映画については、昨年日本でも大ヒットした米国映画『ラ・ラ・ランド』(デイミアン・チャゼル監督)に先に触れておかねばならない。長らく下火になっていたこの分野復活のきっかけを作ったからだ。

▼昨年チャゼル監督(当時32歳)に聞くと、「構想は大学在学中からあったけど、物語も楽曲も誰も知らないオリジナルという冒険にはお金が集まらず、6年かかりました」と言った。実現のためには監督としての手腕を示さなければと撮ったのが『セッション』(2014年)。プロのジャズドラマーを目指す学生が、鬼教師からあの「ファッ●ンテンポ!」の罵声を浴び、手が血まみれになってもドラムをたたきまくる。

 『セッション』はアカデミー賞で助演男優賞など3冠を獲得。作品の異様な激しさについて、「誰もお金を出してくれず、ストレスがたまる中、これが成功すれば『ラ・ラ・ランド』を作るお金が集まるかもということで、私の怒りをあの映画に出したんです」と笑った。ちなみに『ラ・ラ・ランド』の製作費は約3000万ドルで、大作規模ではない。

▼では、『グレイテスト・ショーマン』に話を戻そう。筆者はヒュー・ジャックマンに聞いた。「ヒューさんが主演と決まっていても、OM映画となると(製作へのゴーサインである)グリーンライトは簡単にはともらないんですね、驚きです」

▼ヒュー:「そうなんだ…(吐息)。私が映画『レ・ミゼラブル』をやっていた時に、ミュージカル映画の経済を調べて教えてくれた人がいて、『ミュージカル映画の予算は最高でも6000万ドルだ』と言った。ミュージカルを好きじゃない人は多い。普通の映画を薦められたら、人は『本当に良いなら見に行くよ』と答えるでしょ。でもミュージカル映画はオスカー(アカデミー賞)を受賞したとしても『見ない』という人が結構いるんだ。だからスタジオ幹部は慎重になる。『グレイテスト・ショーマン』はスペクタクルだから6000万ドル以上かかる(約8500万ドル)。だから非常にリスキーだった。しかもこの企画は、まだレミゼをやってない時期にスタートしたからね。レミゼはすごく成功したけど、その時スタジオ幹部はこう言っていたそうだよ、「この成功は舞台のレミゼが史上2位のヒット作だからかもしれない。ヒュー主演とは関係ないんじゃないか」って(笑)。

▼グリーンライトを点灯させる以前に、フォックスは「オリジナルでやるなら楽曲は有名アーティストに頼むように」と、ブルーノ・マーズやファレル・ウィリアムスらに数曲ずつ書いてもらったそうだ。だが当時無名の若き音楽家2人が提供した曲の方がはるかに良いと皆が感じたという。2人とはパセック&ポール(ベンジ・パセックとジャスティン・ポール)で、結局彼らが全ての劇中歌を作詞作曲した。そこに至るまでには、グレイテストな嘘もあったというのだ。

▼ヒューが説明する。「彼らを発見したのは監督のマイケル・グレイシーで、2人が大学を出て間もない無名時代だった。フォックス幹部から『彼らは誰だ?』と聞かれたマイケルは、『ジャイアント・ピーチ』で(演劇の最高峰)トニー賞を取った2人だよ、と答えた。本当はその舞台はブロードウェーで上演さえされてない。でも幹部は『そうなのか』と信じた(笑)。このホワイトライ(罪なき嘘)で、2人に作詞作曲が託されたんだ(笑)。『ラ・ラ・ランド』のチームが彼らを起用したのは、私たちの1年半後なんだよ」と誇らしげだ。

▼しかも、パセック&ポールは初めてグレイシー監督と会う際、プールやグランドピアノがあるハリウッドの豪邸にいて、監督は当然「若いのにこんな豪邸に住んでるなんて、一体二人は何者なんだ?」と思ったが、実はこの豪邸、彼らの友達の友達の家で、たまたまそこに滞在していただけ。だがせっかくだから、すぐには本当のことを明かさずにいた。実際には、当時二人は舞台作品のプロデューサーからピアノを借りて楽曲作りをしているほどお金がなかったそうだ。

▼今や、パセック&ポールはミュージカル界のど真ん中にいる。『ラ・ラ・ランド』の作詞、ブロードウェーミュージカル『ディア・エバン・ハンセン』の作詞作曲で、昨年以降わずか1年でアカデミー賞、演劇のトニー賞、音楽のグラミー賞という最高峰3つを制した。『グレイテスト・ショーマン』の主題歌『ディス・イズ・ミー』も先日のアカデミー賞で歌曲賞候補になった。その曲を歌ったのも、映画界では無名の舞台女優キアラ・セトル。そもそもマイケル・グレイシーも映画は初監督だ。

▼ヒュー・ジャックマンは心底感慨深げだ。「最後に作られた大手のOM映画はディズニーの『ニュージーズ』(1992年)だと思う。今ではあの作品もカルトクラシックになったけど、当時は大コケした。ミュージカルはうまくいかないと、ものすごく惨めになるんだ。だから、できるだけリスクを避けようという今の時代に、『グレイテスト・ショーマン』は無名の人たちの起用に、スタジオが本当に勇気を持ってリスク覚悟でYesと言ってくれたおかげで世界中でヒットしている。この成功は僕にとってはより甘く、すごく素敵だと感じるんだ」(敬称略)

(宮崎晃の『瀕死に効くエンタメ』第108回=共同通信記者)

© 一般社団法人共同通信社