『童謡の百年』井手口彰典著 「心のふるさと」になるまで

 「夕やけ小やけの赤とんぼ 負われて見たのはいつの日か」などと歌う童謡に「日本人の心のふるさと」というイメージが定着したのは、ここ半世紀のことだというから驚く。そもそも「オバケのQ太郎」の主題歌が童謡と見なされた時代もあったというのだから。

 2018年は童謡生誕百年。正確には「からたちの花」など数々の童謡を生んだ雑誌「赤い鳥」の創刊百年だが、この間に移り変わる童謡のあり方を丹念に追跡した。

 道徳教育的な唱歌に反発して出発した童謡は、当初旋律がなく子供が自由に節を付けて歌うものだった。昭和に入ってレコードが普及すると、松島トモ子や小鳩くるみら児童童謡歌手が人気を集め、童謡は一気に大衆化する。

 戦後、美空ひばりの登場が「子供は童謡を歌う」という通念を切り崩す一方、テレビの普及でアニメ主題歌が童謡のカテゴリーに。急激な経済成長と欧米化が進んだ1960年代末から「古き良き日本」を再評価する風潮が高まり、童謡は唱歌やわらべうたと結びついて「日本人の心のふるさと」としての地位を確立する。

 つまりメディアや生活状況、子供観の変化が童謡のイメージを次々と変えてきた。とすると、今後もそのイメージは変わりうる。

 日本は近く赤とんぼを見たことや桑の実を摘んだことのない人間ばかりになるだろう。体験できるとすれば仮想空間。あるいはクローンの赤とんぼか。その時、童謡の世界はノスタルジーからファンタジー、いやSFの対象となるかもしれない。

(筑摩選書 1600円+税)=片岡義博

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