『ラブという薬』いとうせいこう、星野概念著 気軽に精神科に行こう

 「なんか生きるのがきついな」と感じたら気楽に精神科を訪ねて話を聞いてもらおう。けがをしたら外科に行くように、心が傷んだら精神科に行けばいい。そんなノリで作家のいとうせいこうが、知人の精神科医を訪ねて“公開カウンセリング”を試みた。

 「俺ちょっと抑うつ的な感じが出てきてるんだ」。いとうの相談に星野が症状や治療の方法を解説しながら応じる。一見雑談のようだが、2人の問題意識は意外と深刻だ。

 日本には精神的な危機に陥った人間が弱音を吐いたり精神科医に頼ったりすることを恥じる文化がある。さらに昨今、対人関係が薄まり感情を共有する機会が減っている。

 一方、人々が浸るネット世界では「いいね!」やリツイートの数を競う承認欲求が肥大化し、半面、心ない揶揄や批判が飛び交う息苦しい空間となっている。

 カウンセリングの場は傾聴と共感で成り立つ。患者の話をとにかく聞き、つらい気持ちに寄り添う。そこは心の安全地帯。やりとりが雑談っぽく見えるのは、そこに批判も論破もないからだ。

 星野は「共感することが相手を知る“入り口”になる」と言う。例えば価値観の相いれないテロリスト相手でも「怒っているのはわかったので、もう少しお話を聞かせてもらえませんか」と応じることで対話の回路が開く可能性が出る。

 すなわち本書の底流をなすテーマは「直接対話の復権」。対話の核となる愛と優しさこそが心の傷を癒やす。タイトルにはそんな意味が込められている。

(リトルモア 1500円+税)=片岡義博

© 一般社団法人共同通信社