『地下鉄道』コルソン・ホワイトヘッド著、谷崎由依訳 米国が宿す闇の深さ

 19世紀前半の米国を舞台とした黒人奴隷少女の逃亡物語である。ピュリツァー賞、全米図書賞、アーサー・C・クラーク賞など数々の賞を受賞。40以上の言語に翻訳され、テレビドラマ化も決まっている。いわば折り紙つきの傑作と言っていいだろう。

 米国南部の大規模農園で働く十代半ばのコーラは新入りの青年に誘われ、自由な北部を目指して逃亡を決行する。悪名高い奴隷狩り人の追跡の手が迫る。次々に捕まる仲間。ついにコーラも見つかって…という緊迫に満ちた展開がストーリーの主軸をなす。

 コーラの恐怖が胸に迫るのは、史実に基づいて再現される黒人奴隷虐待の生々しさゆえだ。奴隷たちは見世物のようにムチ打たれ、文字を見つめていただけで目をつぶされる。逃亡に手を貸した白人も容赦なくなぶり殺される。

 リアルな描写の中に著者は大胆なフィクションを投げ入れた。すなわち奴隷たちの逃亡を助けるために実在した秘密組織「地下鉄道」を文字通り「地下を走る鉄道」としてよみがえらせたのだ。コーラを乗せた地下鉄道は北に向かってひた走る。

 スリリングで面白いだけではない。リアリズムに徹した文体で紡がれた物語は残酷な寓意に満ちている。文中、奴隷制廃止論者が先住民虐殺と黒人迫害と戦争に触れ、「この国の土台は殺人、強奪、残虐さでできている」と語る。「アメリカこそが、もっともおおきな幻想である」と。

 人種差別が再燃している米国という国が抱える闇の深さに慄然とする。

(早川書房 2300円+税)=片岡義博

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