第3部「沈黙」(8) 「生きていていい」 町を変える気概で

「すずらんの会」ではひきこもりの人の家族が毎月、思いを共有する。80歳女性は「100の心配が98や96になる」と話す

 高年齢のひきこもりの人がいる家族の支援をきっかけに、岩手県洋野町の保健師大光テイ子(だいこう・ていこ)(65)は「同じような人がもっといるはずだ」と思うようになった。町は2014年度に実態を調査。ひきこもりの人が50人いることが分かった。

 このうち40代以上は半数を超えていた。大光が保健師として働いた40年は、その人たちが育ってきた年月とちょうど重なる。「町民の身近な存在だったはずなのに、何も気付いていなかった。つけがたまってしまった」。悔しさがにじんだ。

 地域包括支援センターの他の職員と協力し、すべての家庭を訪ね歩いた。家族や本人の同意があれば、東京からやってくる精神科医の山科満(やましな・みつる)(56)に同行を依頼し、医療の必要性を判断してもらう。外出できるようになったり、仕事に就いたりした人もいた。

 大光は、ひきこもりの支援から親の介護、住宅改修まで、あらゆる頼まれごとを引き受ける。いわば「何でも屋」だ。「これは自分たちの担当じゃない、と言っていたら、一向に前に進まない」

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 センターは昨年から、家族が集い、思いを共有できる「すずらんの会」を月に1度開いている。本人たちが隔月で交流できる場も作った。

 家族会にほぼ欠かさず顔を出す水沢(みずさわ)トミ(80)=仮名=は、20年近くひきこもり状態にあった40代の息子と2人暮らし。「前はどうしよう、どうしようと言っているだけだったが、100の心配が98や96になる。お互いの気持ちを軽くするために、みんなの声を聞くのがいい」と、少しすっきりとした表情を見せた。

 次の課題は就労支援。町に働き口は少ないが、大光は「町民みんなが顔見知り」というメリットを生かし、地元企業に協力を依頼して歩いている。農業や漁業の繁忙期に、ひきこもっていた人を派遣できないか。そんな仕組み作りを思い描く。

 経済的な面もあるが、大事なのは働くことで「ありがとう」と言ってもらうことだ。

 「社会の中で傷つき、自己否定したり、卑下したりする人は多い。誰もが『生きていていい』と、思える世の中にしないと。本当は引退する年齢だけど、土台をつくるまではね」。その言葉からは、町を変えていこうとする気概が伝わる。(敬称略)

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