第3部「沈黙」(2) 「親の責任」と支援拒む 認知症、行き詰まる生活

古屋隆一(仮名)は15年近くひきこもっている30代男性の自宅を訪れた。だがインターホンを鳴らしても応答はなかった。(イメージ写真)

 1960~70年代の高度成長期に大規模開発された東日本のベッドタウン。当時の子育て世代は高齢化が進み、地域のつながりも薄れつつある。自宅に15年近くひきこもっていた30代男性の姉が福祉団体スタッフの古屋隆一(ふるや・りゅういち)(41)に相談をしたのは昨年の春、父親の認知症がきっかけだった。

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 サラリーマンの父親と、専業主婦の母親に育てられた男性は、大学卒業後に仕事に就いたが、間もなく退職した。その頃からうつの症状があり、家から出なくなった。

 両親はともに70代。昼夜逆転の生活の中、男性は暴言がひどくなり、自分以外のトイレ使用を禁じた。「汚れるから」というのがその理由。両親は数年前に男性を残し、逃げるように近くのアパートに移り住んだ。

 同じ頃、古屋は一家の存在を知った。勤務先の団体に、母親が時折姿を見せていたからだ。

 「息子を何とかしてやりたいが、夫が外部の支援を拒否している」。父親は、親の責任として男性を支えたいようだった。窮状はうかがえても、明確なSOSがなければ第三者は関与できない。スタッフで情報を共有し、状況が変化した場合に備えた。

 「その時」は思わぬ形でやってきた。

 母親が病気で他界。自宅に1人でいる男性のために、食費や光熱費、時には食べ物を届けていた父親にも認知症の症状が現れたのだ。自宅とアパート。二つの場所でつながっていた家族の生活が崩れ始める。

 父親の認知症は進み、男性が暮らす自宅に足を運ぶのが難しくなった。

 ある日、結婚して家を出ていた姉に、男性から手紙が届いた。〈お金に困っている。自殺する〉

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 姉からの相談を受け、古屋は早速、自治体の担当者らを交え、どんなサポートができるか話し合った。家族をまるごと支えるため、父親の介護計画を立てたケアマネジャーも加わった。

 古屋には常日頃から、心掛けていることがある。「本人の意向は何か」。それが分からないと、一方通行の支援になる。糸口をつかむため、まずは会いたかった。

 自治体の担当者と自宅を訪問したが、男性は姿を見せない。〈何か手伝えることはないか〉。玄関前に残した書き置きは、びりびりに破られ、時には踏みつけられていた。(敬称略、文中仮名)

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