第3部「沈黙」(1) 「待っていてはだめだ」 玄関前、破かれた手紙

きれいな家々が並ぶ東日本のベッドタウン。30代男性はこの街で15年近くひきこもっていた。(イメージ写真)

 手入れの行き届いた家々が整然と並ぶ住宅街。明るいうちから雨戸を閉め切った「その家」は、息を潜めているようだった。福祉団体スタッフの古屋隆一(ふるや・りゅういち)(41)は昨年の秋、玄関前でびりびりに破かれた手紙を見つけた。数日前、住人の男性に「困っていることがあれば、手伝いたい」と書き残していた。「やっぱり…。思い通りになるわけない」

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 古屋は東日本の大都市郊外で、心の病がある人の相談に乗っていた。福祉団体が自治体と連携して設置した窓口には、ひきこもりや不登校に関する悩みも寄せられた。

 福祉の世界に入ったのは15年ほど前のことだ。大学卒業後、進路を決められないままアルバイトをし、海外を放浪。何となく始めた老人ホームでの介護の仕事で、人に喜ばれる心地よさを知る。

 「もっと勉強してみたい」と通信制の大学に編入。就労支援のための作業所の実習で、精神疾患のある人たちと触れあうと、なぜかしっくりきた。人生を模索してきた古屋にとって、生きづらさを抱えて悩んだり、苦しんだりする人は無縁な存在ではなかった。

 一方で、そういった人の支援を重ねるうちに、病院や自治体の窓口に行けず、福祉の制度やサービスが届かない人がいることに気付く。「待っているだけではだめだ」と訪問活動に力を入れるようになった。断られても諦めずに足を運び、その熱心さは周囲から「変わり者」と言われるほどだ。

 一人きりでいる人の「心の声」に耳を傾け、タイミングを見て背中を押すことで、再び社会とつながるケースもあった。ただ、本人に会えずに一進一退を繰り返し、「何年かかっても仕方ない」と覚悟したのは、1度や2度のことではない。

 昨年の春、古屋の元に新たな相談が舞い込んだ。自宅に15年近くひきこもっているという30代男性の姉からだった。

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 豊かさを手に入れたかのように見えるこの国で、周囲に気付かれないまま、孤立してゆく人たちがいる。支援につなごうと奮闘する現場を訪ねた。(敬称略、文中仮名)

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