第2部「救世主」(8) 「消えた存在」ではない 均一性求める社会に発信

悪質業者を告発する緊急会見に参加した木村ナオヒロ。昨年11月に「ひきこもり新聞」を創刊した。

 「家庭教育やフリースクールを認めている国があるのに、日本では学校に行かないと異常視される。世界的に見ても、こんな国は珍しいのではないか」。名古屋市の事務所で、弁護士の多田元(ただ・はじめ)(73)は切り出した。

 2000年代初め、不登校の男性=当時(15)=が同市の業者に自宅から連れ出され、強制的に入寮させられたとして提訴。名古屋高裁は07年、暴力的支配の違法性を認め、業者に損害賠償を命じた。多田は原告の代理人を務めた。

 最近、幼稚園児を持つ親の前で話す機会があり、質問に驚いた。「将来、不登校やニートにならないためにどうしたらいいのでしょうか」

 均一性を求める風潮の中、追い詰められる親たち。「子どもが家にとどまっていると家族関係に緊張が生じ、わが子を放り出したくなる」と多田。業者はそうした心理を巧みに突く。

 多田は続ける。「『支援のおかげで自立できた』と言っている親は、結局自分が楽になっただけ。子どもの外形だけをみて、安心を手に入れようとしている」

  ×  ×  ×
  
 今年5月。東京駅にほど近いビルの会議室で、ひきこもりの自立支援をうたった悪質業者を告発する緊急会見が開かれた。ひな壇には被害者や学者、ジャーナリストら9人。その中に木村(きむら)ナオヒロ(33)の姿もあった。

 木村は大学卒業後、司法試験を目指したが思うように結果が出なかった。「普通の人はみんな働いているぞ」。大声で怒鳴り続ける父。自分の心を守るため、時には暴力で抵抗した。

 ある日、警察官と保健所の職員がやって来た。自宅にこもる木村を何とかしようと、両親が連れてきたのだ。「おまえのことが心配だったから…」。他人の目にさらされた屈辱感だけが残った。

 昨年3月。テレビ番組で、ある支援業者がひきこもりの人を部屋から強引に連れ出すシーンが放送された。子どもを暗闇から救い出し、親は感謝する―。そんな美談仕立てのストーリーに、かつての体験が重なる。そこには本人の意思も、尊厳もなく、「消えた存在」なのだと感じた。

 昨年11月、ひきこもり経験者に呼び掛け、取材、執筆を手掛ける「ひきこもり新聞」を創刊した。7月号の特集は「新しい支援」。当事者の目線で、必要な支援や信頼できる団体を紹介した。

 国や自治体もようやく相談窓口を設置し始めたが、人員や情報は十分ではない。木村たちは、これからも発信し続ける。(敬称略)

© 一般社団法人共同通信社