第2部「救世主」(5) 「救いたいなんてうそ」 勤務初日に拘束術

角田正和が働いていた「全国回復センター」の施設。ひきこもりの人が集団生活をし、郵便受けは粘着テープで目張りされている。

 角田正和(すみだ・まさかず)(40)は、ひきこもりの人の自立支援をうたう業者が運営する施設で、約半年間働いた経験を持つ。「『救いたい』なんてうそ。彼らがやっているのは犯罪だ」。「引き出し屋」と呼ばれる業者の内実を告発する。

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 2016年冬。マンション一室で、「全国回復センター」(東京)幹部の面接を受けた。ハローワークで見つけた「施設管理」のアルバイトだった。

 「本人だけじゃなく、家族も苦しんでいる。彼らを救いたい」「取材がもう何件も来た。来年には『奇跡の回復』というテレビ番組になる」

 代表の黒木重之(くろき・しげゆき)はセンターの意義を熱っぽく語った。50代の元警察官で、探偵業なども営んできたという。壁に飾られた警視総監や有名国会議員とのツーショット写真が威圧する。

 アルバイトの主な業務は入所者への対応や電話番といい、簡単そうに思えた。時給千~1200円と好条件。だが実際の仕事は説明と違い、角田は初日から面食らう。

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 採用連絡を受け、翌日午後10時に、黒木らが「寮」と呼ぶ埼玉県内の民家にスーツ姿で来るよう指示された。黒木のほか男女の職員4人が、相手を後ろ手にひねって拘束する術を何度も指導。練習が終わると車に乗るよう言われ、高速を北上した。その日は依頼者の子どもを連れ出す「実行日」だったのだ。

 道中、黒木が説明した。「今日は8年間ひきこもっている28歳の男性を連れて来る。父親は本当に精神的に参っている。本人もこのままではだめだ。再生できるように手を貸してほしい」「抵抗する恐れもあるので最初は強引でも連れ出す。拘束術はそのためだ」

 夜明け前、福島県内の男性宅に到着。場所だけ確認すると、近くのコンビニ駐車場に移動した。弁当を支給され、拘束術を練習していったん仮眠。午前9時、踏み込んだ。

 まだ寝ていた男性は見知らぬスーツ姿の集団に取り囲まれ、おののいたが、抵抗せず車に乗り込んだ。角田の緊張が少し解け、どっと疲れが襲った。

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 角田の手元には1枚のメモがある。半年間に連れ出された11人のリストだ。金もうけのために弱者を餌食にする黒木らの手口をいつか公にしようと、記録を残していた。(敬称略、文中の人物、団体は仮名)

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