『脳の意識 機械の意識』渡辺正峰著 SFににじり寄る先端科学

 機械に人間の意識を移植できるか。あるいは意識を宿す機械を製造できるか。「できる」と脳神経科学者の著者は言う。深淵にして未開拓な「意識の科学」の最前線を示し、人工意識の可能性に迫る一般向けの科学書だ。

 意識を対象とした科学は実感的に把握しがたい。まず意識の本質たる感覚意識体験(クオリア)で戸惑う。例えば私たちの視覚世界は「脳の創りもの」であり、夢はクオリアの身近な例だ。のど元まで出かかって思い出せない「あの感じ」こそクオリアだという。

 問題は脳からクオリアがいかに生まれるか。意識の源となる神経細胞の活動、神経回路網の仕組みは明らかだが、なぜクオリアが生じるかは謎なのだ。

 数々の実験成果を踏まえ、思考実験を重ねる。例えば千数百億ある神経細胞を人工のものに次々に置き換えていったらどうか。もしどこかでクオリアが生じたら人工意識は生成可能になり、機械内の仮想神経回路網に意識を宿らせることができる。

 だが意識の発生をどう証明するのか。例えば人間の片方の脳半球を機械の半球に置き換え、統合された左右視野が出現するかどうかを被験者が確かめる。出現すれば機械に意識が宿る第一歩だ。では脳半球と機械半球をどう接続するか。次に人間の意識を機械にどう移植するか。その技術的展望が検討される。

 慎重に読み進めないと理路を見失ってしまうが、文章は明快で分かりやすい。先端科学がSF映画の世界ににじり寄っていくプロセスがスリリングだ。

(中公新書 920円+税)=片岡義博

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