『日本がバカだから戦争に負けた』大塚英志著 角川書店史に見る教養の変遷

 タイトルに惑わされてはいけない。本書は戦後日本の「教養」の変遷を、時代と並走した角川書店の歴史に重ねて考察した文化史・メディア論の試みである。

 具体的には角川の経営者4代の経営戦略を検討する。創業者の角川源義は「敗戦は教養の敗北だった」として戦後、教養の復興を目指して角川文庫を創刊する(本書のタイトルはここに由来する)。

 1970年代に入ると、教養の担い手だった知識人に大衆が加わる。それを体現したのが、大衆を動員した「角川映画」で記憶される2代目の長男春樹だった。

 教養と大衆文化を終わらせるのが、90年代に台頭するオタク文化だ。3代目の次男歴彦はコンテンツを集めて加工するプラットフォーム型のアニメ誌やゲーム誌をつくり、オタク文化を支えた。その延長に位置づけられるのが、ニコニコ動画を立ち上げた4代目の川上量生。人文知的な教養の首座はウェブがもたらす工学知・情報知に取ってかわり、角川はウェブ上のコンテンツなどで収益を目指す企業となる。

 旧教養・旧メディアの解体による教養の「大衆化」「民主化」を著者は「見えない文化大革命」と呼び、その結果生じた教養の分断は米国大統領選に象徴される社会の分断にもつながると捉える。

 民俗学研究から漫画原作まで文化の上下左右で足跡を残し、角川と長く関わってきた著者ゆえの知識と視点。私たちが漠然と感じている文化の地殻変動を鮮やかに読み解いている。メディア関係者には一読を勧めたい。

(星海社新書 1000円+税)=片岡義博

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